佳きコンサートが多かった11~12月、中でも印象深い公演を備忘録的に記しておきたい。 <その2 11月16日~30日の公演>

佳きコンサートが多かった11~12月、中でも印象深い公演を備忘録的に記しておきたい。 <その2 11月16日~30日の公演>

⚫︎原田慶太楼指揮/NHK交響楽団 2020年11月25日 サントリーホール
  • 柴田克彦
    2021.03.01
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 2021年の2月も終わらんとする時期にまだ、昨年11月の印象深い公演を書けないでいる。備忘録的にと言いながら、もはや内容自体を忘れてしまいそうだ。原因はむろん怠惰さにあるのだが、ある程度はきちんと書かねばならぬという強迫観念もかなり影響している(と思いたい)。そこで“備忘録”の役割を優先し、メモ程度だろうと子供の感想レベルだろうと(少なくとも年内の分は)ともかく記しておこうと思う。
 まずは原田慶太楼&N響。原田はとにかく思い切りがよく、自分が表現したい音楽を前面に打ち出していく。「うまく取りまとめて形に」や「楽員さんの機嫌を損ねないことを優先し」といった考えなど微塵も感じられない。このあたりは高校時代から暮らすアメリカ的とも言えるが、今や各楽団から引く手数多で、しかも軒並み再登板を要請されているだから素晴らしい。もちろん、ライヴ感やグルーヴ感のある生気に富んだ音楽、終始惹きつけて離さない表現力が、聴衆と楽団から望まれる最大の要因であるのは確かだが、オーケストラとの応対に不可欠な音楽的説得力や人間的吸引力も十分備わっているのだろう。
 N響でも然り。11月20日東京芸術劇場での「新世界より」を中心とした公演もエキサイティングだったが、この日のアメリカ・プログラムでは原田の持ち味全開の快演が展開された。アメリカ・プロといえば普通ガーシュウィンやバーンスタインの超定番曲が入るものだが、そこはさすが原田。バーンスタインの「オン・ザ・タウン」の「3つのダンス・エピソード」、アフリカ系アメリカ人G.ウォーカーの「弦楽のための叙情詩」、アルゼンチンのピアソラの「タンガーソ」、コープランドの「アパラチアの春」、メキシコのマルケスの「ダンソン 第2番」という通常とはひと味もふた味も異なるラインナップで唸らせる。原田の指揮は今回もエキサイティング。しかしただノリが良いだけでなく(そもそも選曲自体がそうだ)、実はかなり表情が細かく、様々なフレーズに血を通わせる。ウォーカー、ピアソラ各曲の繊細で温かな音楽もさることながら、後半最初の「アパラチアの春」が緻密かつ劇的な名演。正直なところこの曲、前半の部分はいささか退屈し、「『シンプル・ギフト』の旋律が早く来ないかな」などと思ってしまうのだが、あらゆる動きが表情を持った今回の演奏を聴いて、遅まきながら曲の真価を実感した。そして最後の「ダンソン 第2番」は、思い切りパッショネイトでこの上なく盛り上がり、「ブラボー」の禁止が残念極まりないほど。今のN響は井上道義や原田といったタイプの指揮にもストレートに反応するので、以前にも増して面白い。ちなみに原田は来季の定期にも名を連ねている。これが彼に対するN響の評価を表しているし、次の公演もすこぶる楽しみだ。
⚫︎須川展也 サクソフォン・ソロ・リサイタル
バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ全曲<須川編サクソフォン版>
2020年11月26日 紀尾井ホール
 サクソフォンの第一人者・須川が、バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ3曲を一挙に聴かせる、前代未聞のライヴ。コンセプトや重音の処理など本人から話を聞いていたし、すでにCDで感嘆させられていたのだが、やはりライヴで一気にともなれば、「一体どうなるのだろうか?」と思ってしまう。だが須川は、“バッハの音楽”を見事に吹き切った。音色美や超絶的なテクニック(特に途切れないフレーズ)も素晴らしいが、“サクソフォンでしか味わえないバッハ”を聴かせた点が何より凄い。須川とこの楽器の底知れぬ可能性が示された一夜だった。
⚫︎小菅優 ピアノ・リサイタル
 Four Elements Vol.4 Earth
2020年11月27日 東京オペラシティ コンサートホール
 四元素をテーマにした既成概念に捉われない選曲・構成によるシリーズ「Four Elements」の最終回。プログラミングの妙と濃密なピアノ音楽を存分に堪能した。明確な打鍵、豊穣な音色もさることながら、曲ごとの特性と全体通しての一貫性の共生を成し遂げた点が見事。「さすらい人」幻想曲やショパンのソナタ第3番といった耳慣れた作品も、定番的な解釈にこだわらない、一から構築された演奏によって、清新な魅力が創出された。小菅はやはり世界的に見ても屈指のピアノ・アーティストと言えるのではないだろうか。
⚫︎バッハ・コレギウム・ジャパン ベートーヴェン「運命」とハ長調ミサ曲
2020年11月29日 彩の国さいたま芸術劇場 音楽ホール
 ベートーヴェンの「ハ調プロ」。鈴木雅明が指揮するベートーヴェンはアグレッシヴでドラマティックだが、キャパ600のこのホールで聴くと、細部の息吹やフレーズの綾がより明確に感じ取れ、濃密かつクリアな音楽を終始満喫することができた。今回なされた「運命」の第3楽章の繰り返しは、ただ長くなるだけとしか思えないのだが、この日の演奏はそれを全く感じさせず、曲全体の充実感の増強に寄与していた。「ハ長調ミサ」も音楽が絶えず息付いていて密度が濃く、曲の魅力を再発見させるに十分。声楽陣もオーケストラも好演し、コンサート全体に無類の充足感をもたらした。
⚫︎読響アンサンブル・シリーズ 鈴木優人プロデュース「四季」&ケージ
2020年11月30日 よみうり大手町ホール
 最近引く手数多の鈴木優人がプロデュースする、ジョン・ケージ作品とヴィヴァルディ「四季」が同居したコンサート。ステージにはケージの書斎風(?)のセットが組まれ、雰囲気を盛り上げる。「四季」の「春」、ケージ作品、「夏」と続く前半は、オーソドックスながらケージ不足の感があったものの、両者が2曲ずつ配された後半は、俄然ヒートアップ。ケージに触発されて「四季」の演奏が鮮烈さと凄みを増し、やがて境界線がなくなっていく。特にケージの「クレド・イン・アス」と「四季」の「冬」の連続は、激烈な世界を創出。両者の化学反応が斬新で刺激的な感触をもたらした。コンサートマスターの長原幸太をはじめとする読響メンバーも健闘。チェンバロ、ピアノ、プリペアード・ピアノにドラムまで受け持った鈴木優人の才人ぶりにも、改めて感心させられた。
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