名実共に“世界最高峰”…… 海外オーケストラの来日ラッシュ第7弾

名実共に“世界最高峰”…… 海外オーケストラの来日ラッシュ第7弾

キリル・ペトレンコ指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 2023年11月21日 ミューザ川崎シンフォニーホール 、11月23日 サントリーホール
  • 柴田克彦
    2023.11.29
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 キリル・ペトレンコがシェフ就任後初めて日本で指揮するベルリン・フィルの公演。幸いなことに用意された2プロ双方を聴くことができたので、まとめて記しておきたい。

 ベルリン・フィルはとにかく上手い(巧い)。サウンドは精緻かつ強靭で、まさに“精密な大戦艦”の趣。これは2公演通しての総合的な感想だ。「ベルリン・フィルなのだから当たり前」と言えば話は終わるが、それで片付けてしまって良いのだろうか? 学生時代の1970年代後半、ショルティ&シカゴ響、ハイティンク&コンセルトヘボウ管、ベーム&ウィーン・フィル、カラヤン&ベルリン・フィルを続けて(順不同)聴いた時には、それら全てのあまりの上手さに心底驚嘆した。何かが決定的に違う!とも思った。だが今秋のこれまでの海外オーケストラを聴いて、そうした感触は得られなかった。むろん前記各コンビほどの極め付きは滅多にないであろう。だが、ある時期から続く一種の物足りなさ……。実際に海外楽団のレベルが低下しているのか? はたまた、こちらの耳が肥えて(慣れて)しまった上に、日本の楽団の水準が向上したため、驚きがなくなってしまったのか? 本当はどうなのだろう?と思うところしきりだった。今回のベルリン・フィルは、それを跳ね除けて久々に凄さを実感した。音楽表現自体の好悪は当然あるだろう。だが、かくも圧倒的な機能性とサウンドは、それだけで1つの芸だ。個人的には「これを聴いて文句がある人は、一体何を聴けば満足するのか?」と声を大にして言いたい。

 ペトレンコは、明確・的確なタクトで、ダイナミックレンジが広く、表情豊かで流れの良い音楽を紡ぐ。しかも彼は、極端に言うと「カラヤン時代のベルリン・フィルへの回帰」を図っているようにも思われる。ベルリン・フィルは、アバド、ラトルと進むにつれて、タイトでエッジの効いた造作を重んじる傾向が強まった。だがペトレンコは、豊潤な弦楽器を重用しながら、古雅な香りや温かみや瑞々しさをも湛えた音楽を生み出そうとしている。もちろんカラヤン時代の豊麗極まりない音ではなく、重層的でいながら引き締まった音ではあるが、一部専門家をはじめとする過剰なまでのピリオド信仰(誤解なきよう付記すれば、ピリオド楽器演奏やその応用自体の良さはもちろんある)に若干辟易している身としては、これがとても好ましい。

 両日の演奏にも簡単に触れておこう。川崎公演のプログラムは、モーツァルトの交響曲第29番、ベルクの「オーケストラのための3つの小品」、ブラームスの交響曲第4番。これまた“カラヤン・レパートリー”である。コンサートマスターはヴィネタ・サレイカ=フォルクナー(ベルリン・フィル初の女性コンマス)。

 モーツァルトの第1楽章は、柔らかくも引き締まった音で、ダイナミックな表現がなされる。第2楽章は実に細やかで、第3楽章はキビキビと速く、主部とトリオの対比が鮮明だ。第4楽章は生気に富んだ締めくくり。カラヤン流の流麗でレガートなモーツァルトでも、中欧風(あるいは旧東側風)の典雅でまろやかなモーツァルトでもなく、ピリオド系の直線的でスリムで乾き気味のモーツァルトでもない。あえて言えば、ピリオド的な演奏を経た後のストレートで高精度ながらも芳醇なモーツァルト。この曲は、温和すぎると冗長だし、バサバサやられると味気ないので、現代のモダン楽器演奏としてはこのくらいが丁度いい。

 次のベルクは、超巨大編成ゆえに来日組の生演奏は珍しく、まずはこれをプログラミングしてくれたこと自体を讃えたい。曲の性格もベルリン・フィルのような高機能の重量級楽団にピッタリ。超精緻かつ威力大なるパフォーマンスはまさに圧倒的だ。

 後半のブラームスの4番は、エネルギッシュでダイナミックな快演。第1楽章は、動的だが豊潤で、細部の表情やリズムにも目配りが効いている。しかも終盤の盛り上がりは、個人的に好きなカラヤン&ベルリン・フィルの最後の録音(1988年)を思い起こさせる。第2楽章は、強弱の幅が広大で、特に弱音の侘しさが印象的。第3楽章は活力溢れる快速演奏。第4楽章も、自在の変化を遂げながら、力と勢い十分に前進する。この曲を聴いて、これほど気持ちが高揚したのは久しぶりだ。

 サントリーホール公演のプログラムは、レーガーの「モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ」と、R.シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」。コンサートマスターは樫本大進が務める。

 レーガー作品の演奏は来日組では極めて珍しい。まずは主題の優美でしなやかで繊細な表現が魅力的。その後は変奏ごとの表情変化も鮮やかに進み、壮麗なクライマックスへと至る。

 「英雄の生涯」は、第1曲「英雄」の重層的かつ緻密な構築、第2曲「英雄の敵」の木管と弦の対比が光った後の第3曲「英雄の伴侶」の樫本のソロが圧巻。美しく繊細で弾力感があり、しかも余裕すら感じさせる。これまで聴いた同曲のソロの中では最高と思えるこの演奏は、彼のソリストとしての実績と腕前が存分に生かされた感がある。第4曲「英雄の戦い」以下は、目眩く音の乱舞と、細やかな表情や色彩美が披露され、最後には寂寥感も醸し出される。「ベルリン・フィルなら当然」の凄演ともいえるが、以前のラトル指揮による「細部を顕微鏡で見たかのような」情報量膨大な演奏とは少し違った、温度感や味わいを湛えた表現が、ペトレンコとのコンビならではの魅力でもあろう。

指揮者とオケの良好なコンビネーションが示された今回の公演。一部否定的な意見も耳にしたが、個人的には今年のベストだ。
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