在京オーケストラで最初に再開された有観客公演、 現状で可能な限りのこの上ない成果

在京オーケストラで最初に再開された有観客公演、 現状で可能な限りのこの上ない成果

東京フィルハーモニー交響楽団 第938回オーチャード定期演奏会  2020年6月21日 Bunkamuraオーチャードホール
  • 柴田克彦
    2020.06.29
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 在京オーケストラの先陣を切って、東京フィルが有観客のコンサートを再開した。本来はミハイル・プレトニョフの指揮で、シチェドリンのカルメン組曲、チャイコフスキーの組曲第3番というマニアックなプログラムだったが、指揮は同楽団レジデント・コンダクターの渡邊一正、演目はロッシーニの「セビリアの理髪師」序曲とドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」に変更され、休憩のない約1時間の公演となった。
 まず聴衆に関する感染症予防対策は、これ以上ないほど徹底されていた。入場者数は大幅に制限(この日は2000人強の会場に600人ほどの聴衆)され、マスク着用や入場時の消毒その他現状で考え得る対策は全て行われていたし、連絡先を記載した座席番号はがきを回収することで事後対応への配慮もなされていた。さらに特筆すべきは、来場者が座席ごとに指定された「入場推奨時間」に沿って入場する「時差入場」の実施。強制ではないのだが、開演1時間前に開場を早め、多くの人が目安に沿って入場することで、かなりの分散効果があると思われる。しかも終演後は出口が混雑しないよう、1階席後半分の聴衆をずらして退場させるなど、密の回避に相当な力が注がれていた。
 さて、公演は15:00から。会場には14:10頃に行った。ホール入り口の雰囲気はやけに物々しい。関係者やスタッフ全員が緊迫した雰囲気で入場者を注視しているし、フェイスシールドを付けたスタッフもいて、思わずたじろいでしまうが、もちろんめげずに入場する。座席は1階24列の上手端ブロック。時間が早いせいか、1階のお客さんはまだ少ない。14:20過ぎから舞台上で木管五重奏の演奏が始まる。これは、早い入場時間を推奨された=待ち時間が長い聴衆に向けた趣向で、本公演に出ない奏者が約20分間演奏した。アナウンスもインフォメーションもなく、奏者は全員私服で、プライベートな場所に集まってさりげなく演奏するといった風情。正装してインフォメーションを出せば、正式なプレ・コンサートになってしまって、遅い入場時間を推奨された人からクレームが来そうだし、さりとて50分以上ただ待つのも辛いので、このスタイルは絶妙というほかない。その間に少しずつお客さんが増え、前後左右の席をかなり空けて座りながら開演を迎える。
 楽員たちがステージに登場すると、観客から心のこもった拍手が送られる。オーケストラは「新世界より」の場合、2管編成・12型で総勢65名とのこと。奏者間の距離はいつもより開けられて(縦1.5m、横80cmが基本との由)いるし、弦楽器と管楽器の間などにアクリル板が置かれ、金管楽器の奏者間にはコンビニのレジ同様のシートが設置されたようだが、当ホールの1階やや後方斜め正面から見る分には、まるで違和感がない。というか、これらの対応は後にスタッフから聞いたもので、実際にはごく一部しか気付かなかった。見え方はホールや座席によって異なるであろうが、まずは上々の対応といえるだろう。 
 「セビリア理髪師」序曲は、さすがに「久々の本番」感が強い。だが「新世界より」に入ると、サウンドに生気と集中力が、音楽にパッションが宿る。細かな乱れはあるにせよ、全体に遅めのテンポで表情豊かにたっぷりと奏された好演。第2楽章など感動的な場面もあって、この曲が稀代の名作であることを改めて認識させられた。これは生演奏が貴重な状況下でこその収穫ともいえようか。そして終演後は温かな拍手。退場もスムーズに運ばれ、再開公演は無事終了した。
 数々の対策や演目の変更など平時では有り得ないことだらけだが、現状では致し方ない。それよりも、「弦楽のみや小編成で演奏する」「奏者の間隔を不自然なほど空ける」「本番で演奏者がマスクを着用する(リハーサルでは着用したとのこと。だが声を出さない本番で必要だろうか?)」「余計な語り(『やっと再開できました』『未曾有の苦境を乗り越え……』といった類い)を入れる」ことなどせず、さらには「配信のみ」でもなく、「ロマン派時代のフル編成の曲を、できる限り普通に見える形で、観客を入れて演奏した」ことは、現段階における極上の成果といえるのではないか。徹底した対策を講じた上で、「0から1」いや「0以下から2くらい」への進化をいち早く実現した東京フィルに大きな拍手を送りたい。
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