自己顕示欲のない存在感が頼もしい

自己顕示欲のない存在感が頼もしい

ラッパは鳴り響き(CD) ハインリヒ・ブルックナー(トランペット)、ウィーン交響楽団バロック・アンサンブル、他
  • 柴田克彦
    2020.06.17
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 管楽器のCDシリーズ(?)、今回はトランペットに目を向けたい。ウィーンの名手ハインリヒ・ブルックナーによるバロック音楽を中心とした1枚、「ラッパは鳴り響き」(カメラータトウキョウ)である。
 1965年ウィーン生れのブルックナーは、ウィーン交響楽団の奏者(1986~2005年は首席奏者)を長年務めているほか、アート・オブ・ブラス・ウィーン等のメンバーや編曲者としても知られる存在。またピリオド楽器にも積極的に取り組んでいる。
 本ディスクには、ヘンデル、トレッリ、テレマン、レオポルト・モーツァルト、プフィスターの作品が、ウィーン交響楽団バロック・アンサンブル等をバックに収録されている。録音時期は2002年から17年まで。幅広い時期の録音をまとめた集大成的な内容だが、L.モーツァルトの協奏曲以外は全て初リリースだ。
 このアルバムには特筆すべき点が2つある。1つは選曲と構成。最初にヘンデルのオラトリオ「サムソン」のソプラノ独唱のアリア「輝かしいセラフィムに」が置かれ、トレッリの「5声のソナタ第1番」「協奏曲ニ長調」というトランペット独奏を前面に出した作品が続く。かわってテレマンの「ターフェルムジーク 第2巻」からトランペットとオーボエをフィーチャーした1曲が登場。それにL.モーツァルトの「協奏曲ニ長調」が続く。さらにはバンベルクの教会等で活躍した1709年生まれの作曲家プフィスターの「天の女王」なるソプラノ独唱の作品に、トレッリの「5声のソナタ第7番」が続き、ヘンデルのオラトリオ「メサイア」のバリトン独唱のアリア「ラッパは鳴り響き」で締めくくられる。つまり声楽曲や合奏曲とソナタや協奏曲を交互に配置することで、独奏楽器のみならず共演楽器としてのトランペットの意義が明示されている。本ディスクはブルックナーの実質上初のソロ・アルバム。にもかかわらず、有名協奏曲やポピュラー小品を並べることをせず、看過されがちな作品をピックアップしながら一時代のトランペット音楽の多様性に光を当てた点に、奏者の音楽への真摯な姿勢と佳きセンスが見て取れる。
 もう1つはもちろん演奏自体。トランペットのソロCDは「どうだい、凄いだろう」と言わんばかりの「自己顕示欲全開演奏」になりがちだが、本ディスクにはそれが微塵もない。音色は光輝でハリがあり、技巧的にも万全と言っていい。それでいて表現は真っ直ぐで清澄でナチュラル。輝かしさは充分ありながら無闇に突出することなく、動きの全てが音楽に寄り添っている。出過ぎずして美しい華を添える声楽曲でのバランスも絶妙だ。根底にピリオド楽器演奏等で培った同時代の様式への造詣の深さがあるのも確かだろう。これは、華やかで気品があってハイクオリティな、通常とはひと味違ったトランペット・アルバムだ。
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