佳きコンサートが多かった11~12月、中でも印象深い公演を備忘録的に記しておきたい。 <その1 11月1日~15日の公演>

佳きコンサートが多かった11~12月、中でも印象深い公演を備忘録的に記しておきたい。 <その1 11月1日~15日の公演>

 当欄を長くサボっていたので、またも大きく後手を踏んでいるのだが、記録と報告を兼ねて、11~12月の特筆すべき公演を手短に記しておきたい。まずは11月前半から。
  • 柴田克彦
    2021.01.17
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⚫︎水戸室内管弦楽団 第106回定期演奏会
2020年11月1日 水戸芸術館
 水戸室内管としては約9カ月ぶりの定期演奏会で、国内在住の弦楽器奏者のみによる指揮者なしでの公演。とはいえ錚々たる名手揃いだけに、サウンドも音楽も充実著しい。1曲目のブルッフ「コル・ニドライ」は、チェロの宮田大が濃密な音で雄弁なソロを奏で、祈りのような音楽をじっくりと染み渡らせる。次のベートーヴェンの弦楽四重奏曲第11番「セリオーソ」のマーラー編曲による弦楽合奏版は、ダイナミックかつ重層的な運びと精緻な綾で魅了する。後半のストラヴィンスキー「ミューズを率いるアポロ」は、表情こまやかで各舞曲の性格の描き分けが絶妙。公演を通して、弦楽合奏の醍醐味と水戸芸術館で聴くこの楽団ならではの魅力を満喫した。
⚫︎小山実稚恵「ベートーヴェン、そして・・・」第4回〈本能と熟成〉
2020年11月3日 Bunkamuraオーチャードホール
 当シリーズは、ベートーヴェンの後期ソナタ5曲と先人や後輩の作品のカップリングが特徴だが、今回は楽聖少年期の独奏曲およびピアノ協奏曲第0番と、中期の同第5番「皇帝」(共に変ホ長調)を並べて「本能と熟成」を示す内容。バックは山田和樹指揮/横浜シンフォニエッタが務めた。1曲目、11歳時のベートーヴェン最初の発表作「ドレスラーの行進曲による9つの変奏曲」は、各変奏が精妙に描かれ、才能の芽が優しく明示される。13歳時の(通称)協奏曲第0番は、同じく楽聖若き日の音楽が、粒立ちの良い音でチャーミングに綴られる。後半の「皇帝」は、前半各曲の後に聴くと、当然のことながら音楽の大きさや充実度の違いを痛感させられる。小山はダイナミックレンジが広大でニュアンス豊かな快演を展開。これはベートーヴェンと小山双方の熟成を実感させる実り多き公演だった。10月の第3回も本欄で取り上げたが、このシリーズは傾聴すべき演奏が続いている。
⚫︎ワレリー・ゲルギエフ指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
2020年11月8日 ミューザ川崎シンフォニーホール
     11月9日 サントリーホール
 外来オーケストラ、大編成の舞台、満員の観客の全てを久々に体験した2回のコンサート。川崎公演は、プロコフィエフのバレエ組曲「ロメオとジュリエット」、同じくピアノ協奏曲第2番(ピアノ:デニス・マツーエフ)、チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」というプログラムで、演奏効果抜群の「タイボルトの死」を含まない「ロメジュリ」に意外性を感じていたが、聴いてみると後半の「悲愴」に繋がる「悲」重視の構成がなされていることに気付く。「悲愴」も2004年の当コンビの凄絶な演奏ほどではないが、公演全体をコンセプト・プログラムとして面白く聴いた。また、それに沿ってか、変身したのか分からぬが、爆演ピアニストのマツーエフがリリカルな味わいを醸し出していたのにも驚かされた。そしてまたサントリーホール公演を含めて今回痛いほど感じたのは、日本のオーケストラとの根本的な音の質感の違い。しばらく日本のオケだけを聴いていると、海外一流楽団の“音のエネルギー”や“音楽する力”に今さらながら圧倒される。日本のオーケストラも健闘しているし、普段楽しむには十分な技量を持っている。だが単なる舶来志向ではなく、外来オーケストラの生演奏=音と音楽の文化の違いに触れる意義はやはり大きい。
⚫︎飯森範親指揮/日本センチュリー交響楽団 第250回定期演奏会
2020年11月12日 ザ・シンフォニーホール
⚫︎尾高忠明指揮/大阪フィルハーモニー交響楽団 第543回定期演奏会
2020年11月13日 フェスティバルホール
 声楽付きのオーケストラ公演とマーラーの大交響曲という、東京ではほぼ聴けない内容に惹かれて大阪へ遠征。普段首都圏から出ないこと夥しいので、関西の状況を垣間見ることや気分転換も兼ねていたのだが、成果は期待以上だった。
 まず日本センチュリー響のベートーヴェン「フィデリオ」(演奏会形式、全曲)が素晴らしい出来栄え。何より飯守範親の小気味良いテンポと軽やかにして明確なリズムが際立っていた。しかも全てがしなやかに歌われていくので、セカセカした印象を全く受けないし、「レオノーレ」序曲第3番の挿入(これを第2幕に挿入するのはいかがなものか?といつも思う)がなかったことも相まって、長さをまるで感じない充実の好演と相成った。生気と精緻さを兼備したオーケストラも大健闘。声楽陣はややムラがあったものの、レオノーレの木下美穂子、マルツェリーネの石橋栄実の女声2名と、ヤキーノの松原友が出色の歌唱を披露した。
 翌日の大阪フィルは、最近尾高が力を注いでいるグレース・ウィリアムズ「海のスケッチ」の精妙で瑞々しい演奏の後に、マーラーの交響曲第5番。6月以降の国内オケの公演では(多分)初めて接する16型の大編成演奏だ。ただし今これが可能なのはフェスティバルホールの広い舞台あってこそだろう。近年の尾高は“円熟のマエストロ”感が増す一方で、毎回力まずして濃密な音楽を聴かせているが、この日のマーラーもまさにそう。絶叫や爆裂を排したバランスの良い音作りで、緻密さとパワーと熱気十分の演奏を繰り広げた。オーケストラは多少の事故があったものの、同曲で重要なホルンの好奏が光った。
⚫︎ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団 名曲全集 第161回
2020年11月14日 ミューザ川崎シンフォニーホール
 広上淳一の指揮で行われた本公演だが、矢代秋雄のピアノ協奏曲における小菅優のソロが圧巻の一語に尽きる。彼女は、強靭かつ柔軟な打鍵と雄弁極まりない表現で、楽曲の深奥を抉る凄演を展開。曲に内包された要素の膨大さと底知れぬ深みをまざまざと知らしめた。中でも第3楽章最後の鬼気迫るクライマックスは圧倒的。名作といわれるこの曲の“真の真価”が初めて明らかにされたと言っても過言ではない。
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