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やむなき小編成を逆手にとったオーケストラ・コンサートの新たな楽しみ <フェスタサマーミューザKAWASAKI2020  レポート1>

やむなき小編成を逆手にとったオーケストラ・コンサートの新たな楽しみ <フェスタサマーミューザKAWASAKI2020 レポート1>

2020年7月25日 NHK交響楽団  7月28日 神奈川フィルハーモニー管弦楽団 7月29日 読売日本交響楽団 何れもミューザ川崎シンフォニーホール
  • 柴田克彦
    2020.08.19
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 「フェスタサマーミューザKAWASAKI」が無事開催され、成功裏に全日程を終了した。2005年に始まった夏の風物詩ともいえるこの音楽祭も、今年は開催がかなり危ぶまれた。だが主催者側は前向きで、「中止にするかどうか」ではなく、「どのように開催するか」を検討し、定員の1/3以下の600人を上限とする聴衆+有料の映像配信の2本立てでの開催を決定。巨大編成作品や声楽付き作品を入れないプログラムに変更し、これ以上ないほどの感染症対策を施した上で、7月23日から8月10日までの19日間全17公演(全団体が予定通り出演)を完遂した。現況下でこれほど大規模な音楽祭を実施し、無事にやり終えたのは掛け値なしの快挙。すべての関係者に盛大な拍手を送りたい。
 当方は17公演の内9公演に足を運び、今回参加したすべてのプロ・オーケストラの演奏に触れたので、概要をレポートしておきたい。今回は遅ればせながら7月中の3公演について。
 7月25日のNHK交響楽団は、広上淳一の指揮で、グリーグの組曲「ホルベアの時代より」とベートーヴェンの交響曲第8番の「休憩なし・1時間プロ」。ただし、開演前の「室内楽コンサート」で演奏されたロッシーニの弦楽のためのソナタ第1番を含めると、それなりの充足感はある。ともあれ本公演でまず目立ったのは、異様なほど開いた奏者間の距離。N響はこの日が活動再開後初の有観客公演とのことだが、8・7・6・4・2という小編成の弦楽器陣が舞台の左右一杯に広がり、(ベートーヴェンでは)管楽器の1番奏者と2番奏者の間をおそろしく離した配置は、「いくらなんでもやりすぎだろう」との印象を否めない。
 実演でも最初はやはり平べったく密度の薄い響きに違和感をおぼえる。だがそこはさすがN響。進むにつれて立体感が生まれてきたことに感心させられる。広上は先の日本フィル同様、遅めのテンポによる悠々たる運びで、じっくりと大きな音楽を作っていく。これは広上の芸風の変化なのか?あるいは「ロング・ディスタンス時代」に即した表現なのか? いずれにしても小編成ながらたっぷりとした音楽が展開され、「ホルべア」では遅い曲の表情のこまやかさ、ベートーヴェンでは第8番の悠揚たる交響曲としての一面が耳新たな感触をもたらした。さらに感銘を受けたのは、アンコールのモーツァルト「フィガロの結婚」序曲。コンサートの1曲目やアンコールで「アンサンブルが粗雑な大雑把快速演奏」を聴かされることの多いこの曲だが、前記の生き方が貫かれた今回は、丁寧かつニュアンス豊かな表現によって音楽の素晴らしさが十全に伝わり、優美な第2テーマのこれまでにない味わいには感動さえも覚えた。これは筆者が聴いた同曲の生演奏の中では出色の出来映え。ゆえにコンサートの聴後感はすこぶる良かった。
 7月28日の神奈川フィルハーモニー管弦楽団は、常任指揮者の川瀬賢太郎のもとで、ドヴォルザークの管楽セレナード、J.S.バッハの2つのヴァイオリンのための協奏曲、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」というプログラム。管楽器のみ、弦楽器のみ、フル・オーケストラの作品が続く、これまた現況下ならではの構成といえるだろう。なお、以下本公演については主催元の「ほぼ日刊サマーミューザ」(HP&紙面)に寄せた一文と重複することを記しておく。
 これ実は今回のフェスタの中でも楽しみにしていた公演だった。理由は、好きな曲なのに生では意外に聴けないドヴォルザークの管楽セレナードが演奏されることと、石田泰尚、崎谷直人の両コンサートマスターが、バッハの協奏曲でソリスト共演を果たすことにあった。まずはドヴォルザークの管楽セレナード。冒頭から明解なサウンドによるしっとりとしてしなやかな演奏が続く。表情もこまやかでフレーズのリレーや掛け合いもスムーズ。全体を通して愉悦感や心地良さを十分味わった。バッハの協奏曲は、注目の2人のソロが予想以上に面白い。この曲はソロの2人がフレージング等を揃えるケースが多いが、崎谷は剛毅で直線的、石田はジューシーで曲線的なソロを奏でるから、まるで“剛と柔”、“男と女”の対話の如し。個性の違いがよく分かる点で、プログラミングされた意味が満たされたとも言えようか。ただ最近彼らはデュオも組んでいるとのことなので、引き出しは多いのかもしれない。アンコールの「金髪のジェニー」はそう思わせる素敵な贈り物だった。なお前半2曲は10人台での演奏ながら充実のサウンド。これはミューザの優れた音響も大いに味方したであろう。後半の「新世界より」にも両コンマスが出演。同曲も10型と現況に即した小ぶりの編成だが、それを逆手にとったかのように“フレッシュな大編成室内楽”といった趣の表現がなされる。金管楽器の荒さが些か気にはなったものの、川瀬がプレトークで語っていた自筆譜研究の成果か編成ゆえか、随所で耳新しい動きが聴こえるし、川瀬らしい溌剌としたエネルギーも十分。この日も充足感の中で会場を後にした。
 7月29日の読売日本交響楽団は、下野竜也の指揮で、モーツァルトの交響曲第32番、プーランクの2台のピアノのための協奏曲、サン=サーンスの「動物の謝肉祭」、モーツァルトの交響曲第31番「パリ」というプログラム。パリ旅行の影響が不可分なモーツァルトの30番台前半の交響曲で、エスプリに富んだフランスの佳曲を挟んだ、下野らしいお洒落な構成だ。モーツァルトの交響曲は、弦楽器がN響同様の8・6・4・4・3という小編成で、N響ほどではないにしろ奏者の間隔も相当広くとられている。だがそれよりも驚きなのが、下手側(客席から見て左手)に弦楽器群、上手側に管楽器群をまとめた見慣れない配置。ストコフスキーの実例に即したとのことだが、かなりチャレンジングだ。
 冒頭のモーツァルトの交響曲第32番は、いわゆる「イタリア序曲」式の短い作品で、小編成とは思えぬほど華麗で力感のある演奏が展開される。配置による効果は些か微妙ながら、個人的にはあまり違和感がなく、若干新鮮なサウンドを興味深く楽しんだといったところか。プーランクの2台ピアノの協奏曲のソロは、人気抜群の反田恭平と2019年ロン=ティボー国際コンクール第2位獲得で注目を集めた務川慧悟が務める。それにしても、孤を描くような運びでムーディーな色合いを醸し出す反田と、明確で鋭くコンパクトな務川のソロは全く対照的。この表現の違いは2台ピアノ協奏曲の1つの妙味を感じさせもする。後半の「動物の謝肉祭」は、弦楽器が複数いる15名の編成。近年多い1パート1人のパターンもそれはそれで愉しいが、かつてのオーケストラ演奏によるLPレコードで親しんだ耳にはこの方が馴染みがいい。演奏自体は、ピアノにもう少し遊びが欲しいところだったが、各奏者みな好演を繰り広げ、下野の解説(?)が良き親密感を加えた。最後の「パリ」交響曲は、華美な曲の性格に沿った明朗・壮麗な快演。サウンドも前半よりまとまりが良くなり、N響同様に強豪オケの適応力の高さを実感させられた。
 これら3公演は、いずれも現況ゆえの小編成やプログラミングが、オーケストラ公演に新たな妙味をもたらした好例といえるだろう。ただでは転ばぬ各団体の創意や心意気を大いに称賛したい。
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