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オーケストラの楽しみはやはり多彩だ! <フェスタサマーミューザKAWASAKI2020  レポート2>

オーケストラの楽しみはやはり多彩だ! <フェスタサマーミューザKAWASAKI2020 レポート2>

2020年8月1日 群馬交響楽団     8月2日 東京フィルハーモニー交響楽団     8月4日 新日本フィルハーモニー交響楽団     何れもミューザ川崎シンフォニーホール
  • 柴田克彦
    2020.08.24
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 今年のフェスタサマーミューザKAWASAKIのレポートの続編。今回は8月初頭の3公演である。
 8月1日は群馬交響楽団。当音楽祭では、昨年から地方オーケストラを1団体招聘する企画が始まり、前回は仙台フィルハーモニー管弦楽団が高関健の指揮で参加した。これは地方オケの生演奏を聴く機会に乏しいファンにとっては嬉しい企画だ。今年は群響だが、指揮はまたまた高関健(名誉指揮者)。彼は群響の水準を大幅に向上させた元・音楽監督なので不思議はないが、オーケストラ・ビルダーにして的確な音楽作りを行う手腕が、各所で高い信頼を得ていることを証明してもいる。演目はベートーヴェンの交響曲第4番と第2番。今年の音楽祭では生誕250周年にちなんで、声楽付きの「第九」を除く8つのベートーヴェン交響曲が披露されており、群響はその内の2曲を受け持つことになる。弦の編成は10・8・6・6・4。奏者間の距離は通常よりも開いているが、不自然さを感じるほどではない。
 演奏自体は、モダン・オーケストラにおけるオーソドックスなベートーヴェンが、真摯かつ堅牢に表現されたといった感。高関ならではのまとめの上手さも発揮されていた。しかしながら前半の第4番は、響きとアンサンブルが粗めでいささか精彩がない。この曲は演奏次第で第3番「英雄」の後に書かれたことを想起させる完成度の高い作品に聴こえるのだが……。聞けば群響はこの日が活動再開後初の有観客公演とのこと。他の楽団も同様の公演では多かれ少なかれそういった演奏になっていた(演奏間隔が空けば当然でもある)ので致し方ないだろう。その点、後半の第2番はかなり本調子に戻ったようで、生気を帯びた響きと音楽を堪能することができた。ただ方向性としては、“かつて聴いた日本のオーケストラのベートーヴェン”といった趣。それも昨今の尖ったベートーヴェンに慣れた耳には、ある意味新鮮ではある。ところが!アンコールの「プロメテウスの創造物」序曲は、そうしたスタイル云々を超越した快演。響きが俄然豊かになり、音楽も活力と前進性に溢れている。この後は聴衆の拍手も盛大。一公演の中でこれほどの回復力を示すとはやはりプロだな、と感心させられた。いずれにせよ、現況下で川崎まで来てくれた群響には大いに感謝したい。
 8月2日の東京フィルハーモニー交響楽団は、桂冠指揮者の尾高忠明の指揮で、ベートーヴェンのヴァイオリン、チェロとピアノのための三重協奏曲、チャイコフスキーの交響曲第5番というプログラム。三重協奏曲のソロは、戸澤采紀(ヴァイオリン)、佐藤晴真(チェロ)、田村響(ピアノ)が務める。東京フィルは、有観客公演の再開第1号で、その後も複数の公演を行っているためか、通常より広いが開きすぎない配置にもすでに安定感が漂う。しかもチャイコフスキーは14型! 久々に見る編成に胸が踊る。
 ベートーヴェンは、若手の戸澤と佐藤の真摯な演奏を少し年長の田村が和らげ、今や大ベテランの尾高が父親のごとく包み込むといった風情。戸澤は繊細な音色で丁寧に表現し、佐藤は主導するケースが多い同曲のチェロ・パートを堅牢かつナチュラルに奏で、田村はともすれば目立たない同曲のピアノ・パートの存在感を巧みに示した。豪放磊落、丁々発止といった方向性ではないが、彼らのソロにはまとまりがあるし、何よりバランスがいい。この曲は、有名ソリストが参加してもどれかの楽器が1枚落ちというケースにまま遭遇する(以前聴いた超有名ソリスト他の演奏は、肝心のチェロが弱くて興醒めだったし、今年2月のムターの公演は、彼女とチェロのミュラー=ショットは素晴らしかったのに、大雑把な伴奏のようなオルキスのピアノが残念だった)ので、たとえ物凄くはなくともかような平均型の方が曲を楽しめる。それに尾高&東京フィルの柔らかくも堂々たる響きと的確な運びが、好演に大きく貢献した。なお3人のアンコールはフォーレの「夢のあとに」。清澄で瑞々しい音楽が聴衆を魅了した。さて後半は待望の14型チャイコフスキー。これは久々にフル・オーケストラらしいサウンドを堪能させられた。尾高の気迫と熱量もことのほか凄いし、オーケストラも溜まった鬱憤を晴らすかのように鳴り響く。だがそれでいて音楽自体が野放図になることはなく、全体の構成や細部のニュアンス、さらに言えば品格が保たれていたのは、尾高の面目躍如といったところか。個人的には、この曲のある種の“あざとさ”や“アクの強さ”が少々苦手なのだが、今回はそれを感じることなく、素直に楽しみ興奮した。その興奮を鎮めるがごとく演奏されたチャイコフスキーの珍しい弦楽作品「サマーリンの栄誉のためのエレジー」もハイセンスなアンコール。この静謐な美感は、尾高が語った「コロナによる故人を偲ぶ」意味を含めてしみじみと胸に染みた。
 8月4日の新日本フィルハーモニー交響楽団は、久石譲の指揮で、彼の自作「Encounter for String Orchestra」、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲、同じく交響曲第7番というプログラム。新日本フィルとの付き合いの長い久石だが、9月1日からComposer in Residence and Music Partnerに就任することが発表されたばかりで、今回はタイミングの良い共演となった。ベートーヴェンの協奏曲のソリストは、ソロ・コンサートマスターの豊嶋泰嗣。カデンツァは久石が手を加えたものだという。最近クラシック界での活躍が際立つ久石の様々な側面に、彼の熱心なファン以外も触れる機会を提供する本公演は、当音楽祭の前向きな取り組みを反映した好企画といえるだろう。
 久石の「Encounter for String Orchestra」は、ミニマル・ミュージックと弦楽オーケストラの抒情的なテイストが融合した作品。変拍子を用いたリズムが難儀そうな曲だが、久石作品を演奏し慣れた新日本フィルは闊達かつ繊細に表現した。ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は、豊嶋の美しい音色によるしなやかなソロと、引き締まったバックが相まった好演。期待の第1楽章のカデンツァは、ピアノ協奏曲版のベートーヴェン作のそれをベースにしたものだが、ティンパニのみならずチェロのソロも加わったエキサイティングな内容で、新鮮なパフォーマンスに大いに魅せられた。後半のベートーヴェンの交響曲第7番は、弦楽器が12・10・8・7・6(だったと思うが、数え間違いをしているかもしれない)という編成。久石のベートーヴェンは、フューチャー・オーケストラ・クラシックス(旧ナガノ・チェンバー・オーケストラ)と録音した交響曲全集が、2019年度レコード・アカデミー賞特別部門特別賞に輝くなど、評価も高い。“ロックのようなベートーヴェン”を打ち出したそのディスクは、スリムでエッジの効いた、小型ボートが疾走するような快演だったが、その時よりも弦楽器の編成が大きな今回は、基本コンセプトは同様ながらも、よりシンフォニックで腰が据わった表現に向かう。特に第1、第2楽章は前記の録音に比べるとそうした力感がまさった演奏だった。しかし第3楽章に入ると俄然スピードアップ。第4楽章は全速力で疾走し、切れ味鋭いリズムが激烈に畳み込まれる。新日本フィルとのコンビでは今後、久石の様々な側面を味わうことができそうだ。
 これら3公演では、オーケストラの多彩な楽しみを再認識させられた。
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