マリインスキー・オペラ「マゼッパ」 2019年12月2日 サントリーホール

マリインスキー・オペラ「マゼッパ」 2019年12月2日 サントリーホール

ゲルギエフ&マリインスキーの面目躍如! チャイコフスキーの秘めたる傑作をドラマティックかつ緊密に表現し、一気呵成に聴かせた。
  • 柴田克彦
    2019.12.10
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 1884年に初演されたチャイコフスキー8作目のオペラ「マゼッパ」は、「エフゲニー・オネーギン」「スペードの女王」に比べると圧倒的にレアな演目。ましてやロシア・オペラの上演が少ない日本で生演奏を耳にする機会など皆無に等しい。それゆえ今回は、演奏会形式といえども超貴重な公演だ。
 本作はウクライナのコサック絡みの話ゆえに、チャイコフスキーには珍しく野性的なダイナミズムが勝った音楽で、歌の質感は「ボリス・ゴドゥノフ」を彷彿させもする。然るにこうした作品こそゲルギエフ&マリインスキーの独壇場。集中力と共感度の高い迫真の演奏が最後まで続いた。特に雄弁にして精度の高いオーケストラが、演奏会形式における音楽ドラマの形成に大きく貢献(若い[?]女性コンサートマスターの懸命のリードも好感度大)。バンダを交えた管弦楽のみで描かれる第3幕第1場の「ポルタワの戦い」も強烈な響きとリズムで聴く者を震撼させた。歌手陣も脇役を含めた全員が高水準。ここまで穴がないケースは稀だ。中でも主役の2人、マゼッパ役のスリムスキーは、今ツアーのもう1つの演目「スペードの女王」(舞台上演)のトムスキー伯爵役から3日続けての出演だが、力のある歌唱でコサックの首長らしさや苦悩を十全に表現し、マリア役のバヤンキナも清澄かつハリのある声で、悲劇のヒロインを巧みに歌い切った。
 当初2回の予定だった休憩が1回になったのもナイスな変更。終演が早まるのはもちろん、集中力をキープさせるにはこの方がいい。しかもゲルギエフが猛烈な推進力でグングン運んでいくので、正味3時間の長丁場も短く感じるほど。物語の構築も音楽の抑揚も、ともかく演奏全体が説得力抜群で、このオペラが捨てがたい一作であることを心底実感させられた。しかしながら今回が生涯唯一の「マゼッパ」生体験となる可能性が大。それがかような名演であったのは幸運というほかない。

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