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三世代の名ピアニストが魅せる三者三様の味わい

三世代の名ピアニストが魅せる三者三様の味わい

藤田真央 ピアノ・リサイタル 2020年9月17日 東京オペラシティ コンサートホール 小山実稚恵 ピアノシリーズ「ベートーヴェン、そして・・・」第3回 2020年10月2日 オーチャードホール 河村尚子 ピアノ・リサイタル 2020年10月13日 紀尾井ホール
  • 柴田克彦
    2020.10.27
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 相変わらずの「遅まきながら」だが、10月13日の河村尚子のリサイタルの後、「最近続けて“いいピアノ”を聴いたな」との思いに捉われたので、それら(3公演)を手短に記しておきたい。
 まずは藤田真央のリサイタル。彼は、2019年のチャイコフスキー国際コンクールで第2位を受賞後の活躍著しい今年22歳の俊才だ。プログラムは“ファンタジー”がテーマで、ベートーヴェン、チャイコフスキー、アルカン、ショパン、シューベルトの「幻想曲」系の曲が並んでいる。藤田の特長の1つは音楽の語彙の豊かさだろう。腕自慢の若手にありがちな「達者だけど、どれを聴いても同じ」といった感触とは正反対。多様な作曲家の作品それぞれの特性を描き分けながら、自己の表現を雄弁かつセンス良く打ち出していく。それゆえ曲ごとに聴く者を引き込み、トータルでの充足感ももたらす。中でも最後の「さすらい人幻想曲」は、全体の構築感と細部の緻密さとシューベルトならではの歌を共生させた密度の濃い快演で、特に感心させられた。彼のピアノは、若者らしい瑞々しさや力感がある上に、表現力とそのキャパシティが豊富で、音楽としてのクオリティが高い。これは今後への期待がさらに膨らむ一夜だった。
 対する小山実稚恵は、もはや日本の第一人者といえる存在。本公演は、2019年から行っているベートーヴェンの後期ソナタを中心としたシリーズの第3回で、プログラムには楽聖のソナタ第30番とバッハの「ゴルトベルク変奏曲」が並んでいる。このコンサートについては、「音楽の友」誌にレポートを書くのでここでは詳説しないが、いい意味で“力の抜けた”演奏に感銘を受けた。ベートーヴェンの最後の三大ソナタの中でも一番好きな30番は、力技を避けてほしい作品。その点今回の小山の“さりげなく味わい深い”表現は実に素晴らしい。「ゴルトベルク」はエッジの効いた表現やダイナミックな表現もままあるが、小山はここでも“力の抜けた味わい深い”演奏を聴かせる。その温かく優しく、しかも引き締まった音楽は、変奏ごとに自然な移ろいをみせながら、深く心に沁みこんでいく。彼女はいま、一段熟した境地に達しているようだ。
 最後の河村尚子は、二人の中間に位置する(やや藤田寄りではある)世代。いまや世界的な実力派と言っていい。彼女は全4回のベートーヴェン・ピアノ・ソナタ・プロジェクトを昨秋終えて、今回はモーツァルト、シューベルト、藤倉大、ショパンの作品が並ぶプログラムを用意した。河村は、自在のテクニックはもとより、生気と躍動感、言い換えればライヴ感やグルーヴ感のある音楽が大きな魅力。そこは今回も変わらずして、彼女もまたいい意味で“少し力が抜けてきた”感がある。最初のモーツァルト「トルコ行進曲付き」ソナタは、第1楽章の各変奏がどれもニュアンス豊かで、それぞれが存在感を主張する。その点をはじめ、たっぷりと弾かれた演奏によって、同曲が壮大な意欲作であることが明示される。2曲目のシューベルトのソナタ第13番は、タッチと情景の変化が絶妙。後半の藤倉大の「春と修羅」は鋭敏かつ鮮烈で、ショパンの各曲は音色と表情の多彩さが光っている。全体に強音の美しさが特筆されるし、何より各々の音楽の美点が精妙に表現されていくので、コンサートとしての充実度がきわめて高い。彼女もまた1つ熟達の段階に入っている……これまで以上に“巧まずして味わい豊かな”演奏を聴いて、そう感じた。
 約1ヶ月の間に、若手、ベテラン、中堅の各世代を代表するピアニストの好リサイタルに触れて、その時期(年齢)でこそ可能な音楽表現の魅力と、名手ならば必然ともいえる深化の妙を、一挙に体感した思いだ。
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