日本モーツァルト協会第614回例会 《郷古廉の深遠なる世界》 2019年12月12日 東京文化会館小ホール

日本モーツァルト協会第614回例会 《郷古廉の深遠なる世界》 2019年12月12日 東京文化会館小ホール

郷古廉と加藤洋之がモーツァルトの“ピアノとヴァイオリンのための”ソナタの醍醐味を披露。
  • 柴田克彦
    2019.12.24
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 モーツァルトのヴァイオリン・ソナタが4曲並んだプログラムを聴く。郷古廉は、若い世代の中でも高いレベルで安定した技量をもち、夾雑物のない音でストレートかつニュアンス豊かな演奏を聴かせるヴァイオリニスト。言い換えれば、大言壮語せずに音楽の本質を表現する真の名手だ。その彼が家庭音楽用(=比較的平易)のモーツァルトのソナタを弾くと、そうした特質がよりいっそう明瞭に示され、楽曲の魅力も真っ直ぐに伝わってくる。特に感銘を受けたのはト長調K379。これはモーツァルトのヴァイオリン・ソナタの中で一番好きな曲なのだが、なかなか良い演奏に巡り合わない。表情過多では台無しになり、さらりと弾くとチャーミングさがまるで出ない。今回はそのあたりがきわめて絶妙。第1楽章の序奏部の幻想味、主部の緊迫した疾走感、第2楽章の各変奏の変幻がナチュラルかつ明確に表現され、説得力抜群の演奏となった。
 全体を通してとりわけ感心したのが加藤のピアノだ。モーツァルトのピアノ曲は、粒立ちの良い音と程良い軽み、スムーズなフレージングがほしいところだが、彼はすべてが万全。滑らかかつ明快にピアノ・パートの存在感を示し、この時代のヴァイオリン・ソナタが“ピアノとヴァイオリンのためのソナタ”であることを見事に再認識させた。しかもヴァイオリンを圧することなく成就したのだから、実に素晴らしい。
 そしてこの日、個人的に不思議な体験をした。本公演前には、怒り心頭事項2つと軽い懸念事項2つがあって、心安らかならぬ状態だったのだが、公演後にはそれが解消。前者は「まあ、明日また改めて…」との思いになり、後者に至っては懸念事項自体を忘れてしまっていた。その結果、怒り心頭事項2つは、翌日こちらから仕掛けずして穏便な解決がもたらされた。怒りに任せて電話やメールをしなくて本当に良かった……。
 古くから言われる“モーツァルトの癒し効果”と考えれば話は早いが、事はさほど単純にあらず。何しろ毎日のようにコンサートに行ってモーツァルトの作品もかなり聴いているが、そのような心境に達したことは(絶対とは言えないが)まずない。それが今回は、そうなった。モーツァルトの中でも比較的平穏なヴァイオリン・ソナタだったからか、演奏のおかげか、はたまたその両方か……。今度同じような状況に陥ったら、またモーツァルトのヴァイオリン・ソナタを聴いてみようと思うことしきりだ。
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