最後にして最初のレクイエムーーヨハン・ヨハンソンの遺作(2)

最後にして最初のレクイエムーーヨハン・ヨハンソンの遺作(2)

CD(またはLP)+ブルーレイの形でリリースされた、ヨハン・ヨハンソンの遺作『Last and First Men』レビューの続き。以下、ブルーレイに収録された映画版のストーリーのネタバレと分析を含む。
  • 前島秀国
    2020.06.14
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映画版『Last and First Men』を見た後、僕はこの作品を音楽だけ切り離して聴くのではなく、まずは映画として作品を捉えるべきだという結論に達した。その理由のひとつは、そもそもヨハンソンがこの作品の制作を16mmフィルムの撮影から開始しているからである。

アルバムに収められたアンドリュー・メイルのライナーノーツによれば、映画音楽作曲家として注目を浴び始め、映画製作そのものにも興味を覚え始めていたヨハンソンは2010年、オランダの写真家ヤン・ケンペナースの写真集『スポメニック Spomenik』に出会う。クロアチア語で「記念碑」を意味するスポメニックは、第2次世界大戦中の対独戦で犠牲となった旧ユーゴスラビアの兵士や民間人を追悼すると共に、社会主義の勝利を国内外にアピールすべく、当時のチトー大統領の命令によって強制収容所跡地や(ナチスによる)虐殺現場に建てられた巨大な記念碑のことである。ユーゴスラビアは複数の民族で構成されていたから、特定の宗教にインスパイアされた記念碑を建てることは出来なかった。そのため、制作を依頼されたアーティストたちは、マヤ文明やシュメール文化のような先史時代を思わせる造形と、抽象的な現代美術を組み合わせた斬新なデザインで記念碑を作り上げていったという。ところがユーゴスラビア連邦崩壊後、これらの記念碑は廃墟と化し、さながら異星人が放棄した宇宙船の残骸のような姿を、現在に至るまで晒し続けている。

ヨハンソンは、これらの記念碑を16mmのモノクロフィルムで撮影することで、冷戦時代に量産された低予算SF映画のテイストを持つ映画作品を制作し、そのサントラに自ら作曲したスコアを使おうと考えた。だが、それだけだと現代美術館用の映像インスタレーションと何ら変わらなくなってしまう。そこでヨハンソンは映画の物語にふさわしいSF小説を探し始め、彼が愛読していたスタニスワフ・レム(『ソラリス』の著者として有名)などが多大な影響を受けたイギリスの哲学者/作家、オラフ・ステープルドンの『最後にして最初の人類』がこの作品の物語に最も相応しいと考えた。かくして、女優ティルダ・スウィントンがナレーターとして『最後にして最初の人類』のテキスト(の脚色)を朗読し、彼が作曲したサントラ(と若干の効果音)を加えた16mmフィルムは、1本の長編映画の体裁をとることになった。それが映画版『Last and First Men』である。

以下、映画版のストーリーの大幅なネタバレを含むが、絶版の原作邦訳はとんでもないプレミアがついていたので入手を諦め、ステープルドンの原文の斜め読みとブルーレイの英語字幕に基づいてストーリーを紹介することを予めお許し願いたい。

20億年後の未来に生きる人類第18世代のひとりが、20世紀に生きる第1世代(つまり我々)の書き手に、憑依というかテレパシーを通じて(いわゆるチャネリング)語りかけてくる。「辛抱強く聞け。我々の天文学の驚くべき発見によれば、人類の終焉が差し迫っていることが判明した。我々は、君たちを助けることが出来る。我々は、君たちの助けが必要だ」。かくして、第18世代のひとり、すなわちメッセンジャーは、20億年に及ぶ人類の進化の歴史――第1世代から生物学的に大きく変化し、最終的に海王星に住むようになったが、今回の映画版では第1世代から第17世代までの歴史はすべて割愛――を語っていく。人類の完成形態というべき第18世代は、数千年をかけて成長する不老不死の生き物となり、テレパシーによるコミュニケーション能力とグループ・マインドによって、全人類の記憶を各々が共有する存在となった。ところが、暗黒ガスの接近をきっかけに太陽の超新星化が始まり、3万年後には海王星で生存出来なくなると判明。それまで知らなかった感情(ステープルドンは明確に書いていないが、要するに死の恐怖)に囚われた第18世代は、人間のタネ(Human seeds)を太陽系外に飛ばし、外宇宙の新たな環境に人類生存の望みを託すことにした。だが、そんな環境が簡単に見つからないことは、第18世代自身もとっくにわかっている。そこでもうひとつの方法、つまりテレパシーを使って過去にさかのぼり、第1世代に直接語りかけることにした。最終的に滅亡を迎える人類の歴史を第1世代に伝えることで、過去の人類が今まで見過ごしてきた真理に目を向けさせ、過去を最善のものにすることが出来るかもしれないからである――。

以上のような物語が、ステープルドンの原文を抜粋・脚色した形でナレーションによって語られていくのだが、画面には先に触れたスポメニックの記念碑とその周辺の風景以外、人間などは一切登場しない。唯一の例外は、チャネリングを象徴的に表現したオシロスコープの緑の波形と、超新星化が始まった太陽のカラー映像だけである。

表面的にこの映画を見れば、画面に映し出されるスポメニックの異教的・異次元的な廃墟映像から、『猿の惑星』や『未来惑星ザルドス』のようなディストピアSFの要素を強く感じることが出来るだろう(驚くべきことに、いくつかのスポメニックの映像はヨハンソンが作曲降板を余儀なくされた『ブレードランナー2046』を強く連想させる)。そればかりか、メッセンジャーの説明に出てくる人類第18世代の具体的な描写を、廃墟映像の中に見出すことすら可能である。例えば、第18世代の容姿が説明されるシーン(サントラでは《Physical Description of The Last Human Beings》)で登場するスポメニックには、両眼が巨大化したナメクジのような不気味なデザインが描かれている。そのデザインが、第18世代の「グロテスク」な姿形、すなわち「頭頂部から突き出た望遠鏡のような眼」の説明と対応しているのは明らかだ。

また、物語という点から見れば、映画版『Last and First Men』は同じヨハンソンがスコアを手掛けたドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の映画『メッセージ』と酷似していることに気付くだろう(メッセンジャーが人類第18世代か異星人かという違いはあるが)。しかしながら、ヨハンソンが『Last and First Men』のプロジェクトに本格的に着手したのは、ヴィルヌーヴ監督の前作『ボーダーライン』の作曲にヨハンソンが携わる以前、すなわち2015年頃である。したがって、少なくとも物語に関して『メッセージ』からの影響を議論するのは、ほとんどナンセンスだ。それに、ステープルドンの原作『最後にして最初の人類』はSF小説史上最も重要な古典のひとつだから、『メッセージ』の原作である『あなたの人生の物語』を書いたテッド・チャンが、ステープルドンを読んでいないということは考えにくい。その気になれば、ステープルドンから多大な影響を受けたアーサー・C・クラークの『2001年宇宙の旅』にも、本作との類似性を見出すことだって可能だ。要するに、地球外からの“メッセージ”は、SFの普遍的な主題のひとつである。

しかしながら、僕が見る限り、ヨハンソンが遺した映画版『Last and First Men』は、もっと深刻かつ重大なテーマを表現しているように思うのだ(続く)。
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