アポカリプス・アゲイン~地獄の黙示録(その2)

アポカリプス・アゲイン~地獄の黙示録(その2)

『地獄の黙示録 ファイナル・カット』IMAX版を見て甦ってきた、冨田勲先生との思い出について。
  • 前島秀国
    2020.03.03
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(その1から続く)
有名な《ワルキューレの騎行》を含む『地獄の黙示録』全体の音楽については、約20年前に公開された『地獄の黙示録・特別完全版』と連動して発売されたサントラ盤のライナーの中で詳しく論じたので、ここでは敢えて繰り返さない(いまもそのライナーが国内盤に封入されているかどうか知らないが)。ただ、そこに書けなかった思い出をこれから綴っていく。

ライナーを書いた時、いちばん悩んだのが、コッポラがもともと冨田勲に音楽を依頼していた事実をありのままに触れるべきかどうか、という点だった。サントラはノンサッチ・レコードから発売されたが、撮影当時、冨田先生の所属していた米RCAがノンサッチにアーティストの貸し出しを許さず、仕方なくコッポラは自身の父カーマイン・コッポラにスコアを書かせ、それをシンセサイザーで演奏させたのだった。オリジナルのリリースからすでに20年近く経っているとはいえ、関係者は全員現役だし、かなり生々しい話ではある。僕は悩みに悩んだ末、思い切ってライナーでそのことを書くことにした。

サントラ盤リリースの直後、偶然にも冨田先生に初めてインタビューすることになったので、僕はそのサントラ盤のサンプルを冨田先生に手渡した。すると、なんと数日後に先生本人から電話が掛かってきたのである! 「いやあ、黙示録ありがとうございました。あれはね、僕が本当にやりたかった映画なんですよ」。その後も、冨田先生に取材させていただくたびに、ふたりの間でこの話題が幾度となく出てきた。

冨田先生は、実は『黙示録』の撮影現場を訪れている。物語後半に登場するカーツ大佐の王国のセットが作られたフィリピンのジャングルに冨田先生を招いたコッポラは、冨田先生のシンセサイザーの名盤『惑星』を――冨田先生が意図した4チャンネル・ステレオで再生するため――セットに特設したスピーカーで流しながら、「こういう風に『黙示録』の音楽を作ってもらいたいんです」と自分の希望を伝えたという。その時の通訳を務めたのが、まだ字幕翻訳家に転身する前の戸田奈津子さんだった。そういった経緯もあり、当時日本ヘラルド映画の通訳に過ぎなかった戸田さんは『黙示録』で字幕翻訳デビューを飾り、それがきっかけで日本を代表する売れっ子字幕翻訳家となったのはあまりにも有名な話だ(今回の『ファイナル・カット』の字幕も、戸田さんが手掛けている)。

いつだったか、冨田先生と『黙示録』のことを話していたら、先生が「そういえば、戸田さんはどうしておられるのでしょう? 戸田さんの連絡先はご存知ですか?」とおっしゃった。ぼくは調べて、それを先生にお伝えしたのだが、暫くしてから先生がリリースした『惑星』DVDオーディオ盤には、なんと戸田さんが当時のことを振り返った書き下ろし原稿がライナーとして封入されていた!

またある取材では、ぼくはこんな質問を冨田先生に投げかけた。「先生が『スペース・ファンタジー(宇宙幻想)』のアルバムで《ワルキューレの騎行》を演奏しているのは、同じ時期に関わっていた『黙示録』を意識してなんですか?」。すると先生はこう答えた。「いや、実は……そうなんです。もっとも、『スペース・ファンタジー』みたいにシンセだけでやろうとは思っていませんでしたよ。オケをアレンジしようと思っていたんです。ヘリがスピーカーから流すと言っても、原曲の編成でそのまま流したら、実はあんまり迫力が出ない。空から聴こえてくるなら、それなりの編成にしないと相手(=ベトコン)も驚きませんよ。だから、シンセも少し足して、自分でアレンジしようと考えていたんです」。いかにも冨田先生らしいアプローチである。

今回のIMAX版では少しわかりにくいかもしれないが、コッポラは《ワルキューレの騎行》の音源を本編の中でそのまま流しているのではなく、ティンパニーのパート(ワーグナーはこの曲でティンパニを使っていない)を新たに書き加え、それをショルティ指揮ウィーン・フィル盤の音源にかぶせて使用している。おそらく、そのアイディアの源流は冨田先生から来ているのだろう。

そんな感じで、この映画を見ていると冨田先生のことばかり思い浮かんでくる。哨戒艇が河を遡っていくシーンで流れてくる、『惑星』~「火星」風の3連符のリズムのシンセサイザー。あるいは、映画の最後で主人公のウィラード大尉が王国を去る時に聴こえてくる、幻想的な口笛風のシンセサイザー。みんな“トミタ・サウンド”に由来するものだ。コッポラは、最後の最後までRCAに掛け合い、せめてサウンド・エンジニアというクレジットで参加させてもらえないかと粘ったが、それでもレコード会社は首を縦に振らなかった。そんな状況の中でコッポラが作り上げた“トミタ・サウンド”が、IMAXシアターの12チャンネル・サウンドで流れてくる『地獄の黙示録 ファイナル・カット』を見た時、僕は言いようもない郷愁と悲しみに包まれた。

もし、冥界の冨田先生が今回の上映をご覧になったら、果たしてどう思うだろうか?
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