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女学生が守ったベヒシュタイン――大林宣彦監督最新作を見て

女学生が守ったベヒシュタイン――大林宣彦監督最新作を見て

大林宣彦監督最新作『海辺の映画館ーキネマの玉手箱』を試写で見た。翌日まる1日、ショックで何も手がつかなかった。果たして、これを“映画”と呼んでいいものなのか? 大林監督の長編デビュー作『HOUSE ハウス』を初めて見た時と同じショックを受けた。
  • 前島秀国
    2020.02.10
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尾道の映画館の閉館の日、オールナイト上映に参加した若者3人がスクリーンの中に入り込み、映画の中の世界を生きていくという物語は、少しでも映画史をかじったことのある読者なら、『キートンの探偵楽入門』やウディ・アレンの『カイロの紫のバラ』と同じ形式だと気がつくはずだ。映画の中のヒーローまたはヒロインに憧れ、恋し、その映画の世界に没入してしまうのは、あらゆる観客にとって最も原初的な映画体験のひとつである。だから、そのこと自体は不自然ではない。この映画に出てくる若者たちも、基本的にはヒロインに恋する形で映画の中に入っていくのだが、問題はそこで上映されているのが「日本の戦争映画大特集」だということである。普通なら、太平洋戦争の悲劇を描いただけで終わりそうだが、大林監督はそれだけで満足せず、なんと巌流島の戦いや戊辰戦争まで日本史を遡った上で、日中戦争、オキナワ、ヒロシマを描き、「日本の戦争映画」つまり「日本における戦争とは何か?」という問題を根本から明らかにしていこうとする。とても2時間の尺に収まるわけがない。上映時間179分という大長尺も当然だろう。

ところで大林監督と言えば、ピアノと切っても切り離せない映画作家でもある。幼少期にショパンの《別れの曲》に感銘を受け、本気でショパンになろうとして、ピアノの発表会で吐血のパフォーマンスをやってのけたという大林監督。少女がピアノに食べられてしまう『HOUSE ハウス』や、全編に《別れの曲》が流れる『さびしんぼう』をはじめ、大林作品におけるピアノは単なる小道具以上の意味が与えられていることが多い。今回の『海辺の映画館ーキネマの玉手箱』も例外ではなく、ピアノをめぐるある実話が本編の中に巧みに織り込まれている。その実話とは、広島県立尾道高等女学校(現・広島県立尾道東高等学校)が現在も所有するベヒシュタインのピアノの物語だ。

昭和6年(1931年)、同窓生の寄付金により購入されたベヒシュタインのフルコンサート・ピアノが同校講堂に設置され、多くの名演奏家がこのピアノを使用してリサイタルを開催した(1953年に来日したソロモン・カットナーも広島公演でこのピアノを使用している)。昭和20年の太平洋戦争末期、ベヒシュタインは講堂を占拠した日本軍兵士によって破壊されそうになったが、同校の女学生たちがベヒシュタインの周囲に椅子を並べてバリケードを作り、破壊を免れたという。このエピソードが、ほぼそのまま形で本編の中で再現されているのだが、そのシーンの直後、女学生のひとりがショパンの《別れの曲》とベートーヴェンの《月光》を弾く。「ショパンは(戦時中の)敵性音楽、でもベートーヴェンはそうじゃない」というセリフに、大林監督の強烈な批判精神が込められている。

ここからはややネタバレになるが、映画の最後に大林監督本人が登場し、ピアノ演奏を披露する。調律の狂ったホンキートンク・ピアノから聴こえてくるのは、とても音楽とは呼べない不協和音の塊なのだが、よくよく耳を澄ませて聴いてみると、他ならぬ《別れの曲》だということがわかる。大林監督が子供の頃から愛し続けてきた《別れの曲》が、なぜかくも醜い形に歪められて演奏されるのか? そこに、実は大林監督の反戦メッセージの核心がある。ショパンすらまともに弾けなくなった現代という時代に、監督は異議申し立てをしているのだ。もし、女学校のベヒシュタインが破壊されていたら、そのピアノで演奏されるショパンは、おそらくこんな風に聴こえてくるに違いない。誰がピアノ=平和を守るのか? それは観客ひとりひとりだと、大林監督は問いかけているのである。

その強烈な反戦メッセージと自由奔放な映像スタイルゆえ、おそらく『海辺の映画館ーキネマの玉手箱』は賛否両論を巻き起こすであろう。しかしながら、上記のベヒシュタインのエピソードや、広島の原爆の被害を受けた職業劇団・桜隊など、いくつもの史実を描きながら、ミュージカルを含むさまざな手法で“娯楽映画”に仕立て上げてしまった剛腕演出は、映画少年・大林宣彦の健在ぶりを示して余りある。「映画作家とは、基本的にひとつの作品を撮り続ける芸術家」という定義に照らせば、本作は『HOUSE ハウス』――この映画の中でも実は戦争の悲劇が描かれている――から綿々と続いてきた“大林映画”以外の何者でもない。それを“映画”と呼ぶかどうかは、観客ひとりひとりに答えが委ねられている。
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