ディズニーの『ファンタジア』リバイバル公開を見て

ディズニーの『ファンタジア』リバイバル公開を見て

クラシック愛好家ならずとも一度はご覧になったことがあるだろう、ディズニーの音楽アニメーションの傑作『ファンタジア』が、3月から全国各地でリバイバル公開されている。1940年のアメリカ初公開時、わずか10数カ所の劇場しか掛からなかったオリジナル英語版(ロードショー・ヴァージョン)の上映。
  • 前島秀国
    2021.04.25
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『ファンタジア』は、昨年2020年に初公開からちょうど80年を迎えたが、おそらくこういうご時世でもなければ、たぶん映画館で再び見ることは出来なかっただろう。僕が最後にこの映画を劇場で見たのは、1980年代前半にディズニーが制作したドルビー・ステレオ版(ストコフスキーが指揮したオリジナル・サウンドトラックの代わりに、アーウィン・コスタルが指揮したデジタル録音をサウンドトラックに用いている)で、しかも日本語吹替版だったと記憶している。その後、劇場でリバイバルされたかどうか知らないが、少なくとも1940年初公開当時のロードショー・ヴァージョン(正確にはそのヴァージョンを1990年に修復し、2000年のDVD発売時に5.1サラウンド化したヴァージョン)が日本の劇場で上映されるのは、たぶんこれが初めてのはずである。その『ファンタジア』が4月上旬、イオンシネマ海老名の7番スクリーン(日本で最初にTHX認証を受けた商業映画館で、音響の良さと緞帳つきの巨大な湾曲スクリーンが特徴)で1週間だけ、朝1回のみ上映された。無機的な黒箱と化してしまった最新のシネコンより、映画館ならではのゴージャスな雰囲気を感じさせる小屋のほうが、『ファンタジア』のようなクラシックな名画の上映には相応しい。というわけで上映最終日の朝9時半の上映に間に合うよう、わざわざ海老名まで行ってきた。

映画の内容については改めて触れるまでもないが、1940年のロードショー・ヴァージョンは、「ファンタサウンド」と呼ばれるマルチトラックのサウンドトラック(オケのセクションごとにマイクを立てて計8トラックで収録し、上映時はレフト・センター・ライトの3チャンネルにミックスした光学サウンドトラックを計60以上のスピーカーで鳴らす)を用いた、史上初の本格的な商用ステレオ録音としても知られている。この「ファンタサウンド」が、修復されたロードショー・ヴァージョンでは5.1ch(現行盤ブルーレイは7.1ch)にリミックスされているのだけど、これを海老名のスピーカーシステムで聴いた時、兎にも角にも驚いたのは、音の巨大な存在感、ほとんど客席を押し潰すような威圧感であった。単に音量が大きいというのではない。最初の《トッカータとフーガ ニ短調》のセグメントが顕著だが、例えばコントラバスの声部は、まるでそれ自体が巨象か何かのように、凄まじい地響きを立てて客席に襲いかかってくる(もともとウォルト・ディズニーは、このセグメントを3Dの立体映画として撮影するプランを抱いていた)。これは、通常のオーケストラの鑑賞体験とは全く別物だ。オーケストラの音色を用いて描いた音響芸術、わかりやすく言えばカンディンスキーの立体聴覚版である。だからこそ、このバッハ(ストコフスキーの編曲版)を抽象的なアニメーションとして映像化する意味が出てくる。

ディズニーがスクリャービンの色光ピアノを知っていたか定かではないが、カンディンスキー的な意味での色と音のコラボ、あるいは画と音のコラボが、実は『ファンタジア』という作品全体の中に流れている最も重要な“通奏低音”ではないだろうか、というのが僕の考えである。“ディズニーとロシア”という主題はあまり研究されていないと思うけど、この映画に見られるように、ウォルト・ディズニーがロシア的な表現に強いシンパシーを感じていたのは明らかだ。有名な《魔法使いの弟子》を別にすれば、《くるみ割り人形》《春の祭典》《はげ山の一夜》といったロシア音楽のセグメントが『ファンタジア』の中で格段に優れているのは、決して偶然ではない。それに対して《田園》と《時の踊り》のセグメントはむしろ出来が悪いと思うし、その印象は今回の上映を見た後でも変わらなかった。つまり、無理やり当てはめた“ストーリー”が、これら2つのセグメントでは必ずしも効果を発揮しているとは思えないのである。それに対し、ロシア音楽の3つのセグメントは、何か特定の“ストーリー”を語ろうとするより、音楽を特徴づける音色、リズム、雰囲気などをより直接的に映像化しようとし、また実際に成功している。だからこそ、これら3つの“ロシアン・セグメント”は普遍性を獲得し、時代を超越して楽しめるのではないだろうか(ちなみに、1960年代の再公開時以降カットされた《田園》の人種偏見描写は、今回の上映版でも復元されていない)。

もっとも、音源は5.1chに修復されているとは言え、「ファンタサウンド」は80年以上前に録音された音源だから、現代のハイレゾに聴き慣れたリスナーには貧しい音が大音量で鳴り響いているようにしか思えないかもしれない。また、《魔法使いの弟子》のセグメントに関しては、『ファンタジア2000』の1セグメントとしてIMAXで上映された時に試みられた、オケが場内をグルグル回るようなサウンド・ミックス(それが本来の「ファンタサウンド」で意図された効果だと言われている)は、今回の5.1chのミックスではさほど感じられなかった。だとしても、やはりストコフスキーの指揮と編曲による流麗かつダイナミックな音楽造形と、フィラデルフィア管(《魔法使いの弟子》のみハリウッドのスタジオ・オケ)の気品溢れる演奏を、実際に映画館で体感するだけでももう一度見に行く価値がある。

そして、自分でも全く予想していなかったのだが、ミッキー・マウス扮する弟子の魔法が止まらなくなり、無数の箒が水を汲み続けるシーンを見て、どこかの国がかかえている“水”の放出の問題が即座に頭をよぎった。映画のように、魔法使いが魔法を止めてくれれば、今頃こんなことで頭を悩ませていなかったのだろうけど。

都内での上映はすでに終了しているが、まだしばらくは全国各地で上映されているようである。
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