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もういちど、レガートで。 - レイ・ブラッドベリの生誕100年に

もういちど、レガートで。 - レイ・ブラッドベリの生誕100年に

鳥の歌と作曲家の話から。□レイ・ブラッドベリ『瞬きよりも速く』(ハヤカワ文庫)
  • 青澤隆明
    2020.07.21
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 ぼくには3人のレイモンドがいる。直接会ったことはないが、ずっとだいじな3人だ。レイモンド・カーヴァー、レイモンド・チャンドラー、そしてもちろんレイ・ブラッドベリ。出会った順番はこの逆で、だからブラッドベリがいちばんこども時代に近い。こんなふうに書くと言葉遊びみたいだが、ブラッドベリはそれを好んだはずで、たとえばジョン・ケイジはバード・ケイジと正しく黄金の双子だった。

 生誕250年のベートーヴェン・イヤーはいまのところ世界中で足止めを食っている感じだけれど、2020年はまたブラッドベリの生誕100周年。長生きされたから、亡くなって8年だ。そのあいだに、ほんとうにたくさんのストーリーが奏でられた。

 さて、鳥のさえずりと言えば、すぐにオリヴィエ・メシアンを思い出してしまうのは一種の20世紀病かもしれないが、レイ・ブラッドベリにもそういうストーリーがある。“Once More, Legato”とい短篇で、もうタイトルからして素敵じゃないか。村上博基訳だと「レガートでもう一度」。しかも、これが収められたのは1996年の短篇集で、“Quicker Than the Eye”というタイトルだから、これがまたいい。なにを言いたいかというと、この短篇もブラッドベリそのもので、実に気が利いている。

 この短篇はとても短いので、まずは読んでいただくのが速いし、また、そうするしかない。どうしてもと言われれば、次のような話だと言っておこう。仕事をやめて退屈をもてあましていた人間が、「音の断片をくっつけはする」だけではなく、音楽を歌う小鳥たちのさえずりを書き留め、それを交響曲やカンタータにして一躍作曲家としての成功を手にする。しかし、ある理由で鳥はいなくなる。そして、ふたたびやってきて、また歌う。レガートでもう一度。ハッピーエンド。

 ブラッドベリはいろいろなものを書いた。おもしろいアイディアなら、なんでもつかまえた。それを手際よくまとめて、面白く読ませた。だから、ここで主人公が鳥の歌から書きとる音楽は、たぶんそのままインスピレーションのメタファーでもある。ブラッドベリはいつも内に外に耳を澄ましていたし、無数の声をすばやくつかまえていった。

 「わたしはインスピレーションの到来を待ってはいない」とブラッドベリは記す、「声たちがあるのは、毎日こつこつと、読み、書き、生きることを通じて、それらを生涯ためこんできたからだ」。そして、作家はさまざまな声を聴きとり、その音楽の求めるところにそって、ときにレガートに、そしてレッジェーロで、いつも気分よく歌わせることができた。ときには気色わるくも、ユーモラスに。「わたしがこれらの物語を書いているのではなく、物語がわたしに書かせているのだから……。おかげでわたしは限りない情熱をもって書き、生きていられるのだが、これは一部では楽天主義と誤解されるようだ」(同書あとがき、伊藤典夫訳)。

 ということで、ぼくは今朝もブラッドベリの本をひらいた。そして、「目をぱちくりさせ」、さっとこれを綴った。
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