コルトーとティボーとカザルスと

コルトーとティボーとカザルスと

CD◎『シューベルト:ピアノ三重奏曲第1番 変ロ長調』アルフレッド・コルトー、ジャック・ティボー、パブロ・カザルス (EMI 1926年録音)本◎『コルトー=ティボー=カザルス・トリオ 二十世紀の音楽遺産』フランソワ・アンセルミニ + レミ・ジャコブ 著 桑原威夫 訳 (春秋社 2022年) 
  • 青澤隆明
    2023.01.06
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 人と人は出会うべくして出会う。しかし、別れるべくして別れる、と言いきることは、なかなかに難しい。私的なレヴェルでもそうだし、公的な場面であればまさにそうだろう。
 
 先日チェロのことを書いていたら、やっぱりカザルスを聴きたくなって、シューベルトの変ロ長調トリオの録音をかけた。アルフレッド・コルトー、ジャック・ティボー、パブロ・カザルスが集結したこのピアノ・トリオについては、昨夏に邦訳も出たフランソワ・アンセルミニとレミ・ジャコブの伝記で、簡潔に概略が知れる。『コルトー=ティボー=カザルス・トリオ 二十世紀の音楽遺産』として春秋社から刊行された本で、偉大なソリスト三者が築いた三重奏団の軌跡を端正に辿ったものだ。

 「カザルス三重奏団」と日本では呼ばれることが多いけれど、もちろんカザルスや誰かひとりがリーダーというのではない。原題に“Le Trio – Cortot – Thibaud – Casals”というとおり、まさに「ザ・トリオ」なのだ。つまり、三人が結び合う関係が、作品の真実をともに求める音楽対話のなかに結実したものなのである。

 テニスを愛好する三人の名手が友情を育み、ピアノ・トリオとして内実ともに、つまりは興行的にも一世を風靡したのだが、活動の期間にして20年ほどの歳月しかない。1906年から14年、そして1921年から34年に分かたれるが、その間には戦争があった。そして、その後にも。戦争とファシズムに対する各人の姿勢が、黄金の三角形に距離をあけさせたのである。異なる個性を作品に重ねながら、あれほど信頼に満ちた三重奏を聴かせていた三人だが、現実に向き合う個人の性格はそれぞれ異なり、社会的態度も国民性も違った。

 しかし、いまこうしてシューベルトの変ロ長調トリオを聴いていると、しっかりとおなじ国のおなじ通りをと歩いているとしか思えない。三者三様の個性は伸びやかだが、いっしょにみている夢はひとつだ。これは1926年7月5日と6日にロンドンで録音されたとある。残されたレコーディングはどれもトリオ後期の1920年代後半のもので、他のレコードを入れても、ハイドン、ベートーヴェン、シューマン、メンデルスゾーンの5曲のトリオとベートーヴェンの変奏曲ひとつしか残されていない。あとは、ふたりをソリストに、コルトーが指揮したブラームスの二重協奏曲があるだけ。

 さっとこれを書いたら、落ち着いて「大公」トリオを聴こうと思ったのだけど、なんだかもったいない気がしてきたので、またの日にする。コルトーのピアノが明るく微笑んでいる出だしを思い出してきて、心はすでに軽くスキップなどしつつも。
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