春風のボレロ

春風のボレロ

季節のうた
  • 青澤隆明
    2021.03.31
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 また春がめぐった。いろいろなことがうまくはいかないまま、それでも季節は移ろっていく。

 ぼくの母方のおじいさんは、春に生まれて、春に亡くなった。春雄、というなまえだった。

 こどもとコーヒーとボレロが好きだった。

 ぼくのおじいさんが、ラヴェルのボレロをいつから好きだったのかはしらないけれど、きっとそこに粋というか、一種のダンディズムの気分を感じていたのだと思う。運命とか哀しみとか終わりの気配も、たぶんうすうすは。

 一年ちょっとまえ、昨年の年明けにボレロのことをいくつかここに記したけれど、ぼくのおじいさんがイメージしていたのはたぶん、クロード・ルルーシュの映画のなかの調べだろう。

 でも、いまぼくが思い出しているのは、立派なオーケストラの演奏ではなく、いろいろなアレンジでもなくて、おじいさんが口笛で吹くメロディーだ。あんまり上手じゃなかった。

 たいていかすれて、ひゅうひゅういってた。ひょろひょろして、たよりなかった。だから、ちゃんとした音楽にはまったくならないけど、それがよかった。なんかほんとうだった。

 のんびりした春の日には、ときどきの風にまぎれて、そういう音が聞こえてくるような気もする。人生はすきまだらけだ。
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