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テンポと実感 -柳家小三治自伝「どこからお話ししましょうか」を読んで

テンポと実感 -柳家小三治自伝「どこからお話ししましょうか」を読んで

本。柳家小三治自伝「どこからお話ししましょうか」(岩波書店刊)
  • 青澤隆明
    2019.12.31
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 「どこからお話しししましょうか」。これは、噺家の柳家小三治師匠が傘寿に臨み、これまでの人生を語った本。芸道というのはなかなか語りにくいし、そのほかの言葉では語れないものだと思うけれど、この本はとてもわかりやすく、ふつうに噺、というか、まくらをきいているみたいに、つまり小三治師匠の話す声で、そのまま響いてくる。
 
 たとえば以前、『青菜』という噺をきいていたとき、ぼくはそこで、水を撒かれた庭を渡る風をほんとうに感じて、ひんやりと爽やかな心持ちになった。語りだけでこんなことができるのかと、ちょっと震えるように身に滲みて、頭の言葉で言うと、すべての想像力は実景をもたなくてはいけないのだということ、もっと身体の感覚で言うなら、自分の肌で感じるように世間や景色を覚えなくてはいけないということを、改めて学んだ。それを、あの風が教えてくれたのだった。そのように機会あるたび、師匠の高座をきいてきて、そこでこれからなにが起こるかを、ひっそり心待ちにその人をみている。

 この本で語られることはだから、具体的な人生のあれこれをのぞけば、すべて噺をきけばわかることだし、というか自ずとそこに出ていることなのだと思うが、それでも、もっと身近に、狭い長屋できいているような距離の近さを覚えたりもする。知ったようなことを言うのは恥ずかしいけれど、ここで話されることの多くは読んだ人にもだいたいよくわかるし、ふだんからどこかで感じている、あるいははっきりと自覚していることだろう。しかも、それらは教えのかたちではなくて、自省や自戒として明かされている。それで、この師匠は意固地で頑なな性格と知られているように、あらゆることをご自身のテンポで感じ、はっきりとした実感とともに心身に染み込ませてこられたのだということがわかる。
 
 急ぐと急いだかたちでしか滲みてこないし、それはともすると、急いで消え去ってしまう。ゆっくりと、必要な時間をかけて、考えるよりも感じ入ることがどれだけ大切か、ということだ。それが、なかなかできない。
 
 新聞の連載を出発として朝日新聞の石田祐樹さんという方がきいてまとめた本だというが、とても読みやすく、余情がある。弟子の喜多八師匠について語っているところなど、ぼくにはとくに心に残った。愛着のもてる、素晴らしい本だと思う。
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