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30年目のジギー・スターダスト - デヴィッド・ボウイのいない春

30年目のジギー・スターダスト - デヴィッド・ボウイのいない春

David says Nothing has changed.
  • 青澤隆明
    2021.04.01
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 ひさしぶりにデヴィッド・ボウイを聴いていたら、もう亡くなって5年も経ったのだということに気がついた。といって、会ったこともない人だし、いなくなった実感もない。けれど、亡くなったと聞いたときはかなりショックだった。

 デヴィッド・ボウイは不死身だと、ぼくはどこかで思っていた。結局のところ、彼こそが無敵だと、ずっと思っていたのだ。ボウイの死というのは想像したことはなかった。

 闘病していることは伝えられていた。けれど、新作がリリースされた。ますます幽妙な地平へと挑むように歩み出していた。ただならぬ気配ではあった。

 いまだって、新作が届けられないことをのぞけば、ぼくの生活はなにも変わりがない。聴くときはたいてい新しいほう、最後の2枚だし、ときどきは懐かしいアルバムをひらく。

 ‘Five Years’という歌を聴いたのは、ぼくが高校のときだった。1972年に出たアルバムだから、その歌で告げられた5年をとうに超えて、地球は存続し、人類は生き延びたことになる。だから、ぼくも生まれた。そして、ボウイをくり返し聴くこともできた。

 でも、10代のぼくは、あと5年間しかないとしたらどうしよう、と不安に思った。あの歌をあの声で聴いた人は、みんなそう思ったんじゃないだろうか。少なくともアルバムを聴いているあいだは確実に。そして、歩いてほしい、と切に思ったはずだ。

 デヴィッド・ボウイが亡くなっても、あるいはほんとうは生きていても、この地上の5年間は5年間として過ぎて行った。先ほどたまたま手にとって聴いたのは、デビュー50周年を祝う3枚組のベスト・アルバムで、“Nothing has changed.”というタイトルがつけられたものだ。先日の地震で崩れて散乱したディスクのなかにあった。アルバム・カヴァーを観音開きのように最後までひらくと、そこにEverything has Changedというセンテンスが現れる。

 アルバムは最新の曲からはじまるのだ。こういうところも、さすがである。最後のトラック、通しで59曲目がデビュー曲のLiza Janeで、これはDavid Jones & The King Bees名義。おしまい、つまりはじまりの3曲はモノラル録音である。つまりボウイはボウイを名乗る前からボウイであり、ジギー・スターダストが姿を消した後もやはりボウイだった。

 デヴィッド・ボウイの死から5年が経って、彼はまだここにいる、あるいは最初から地上にはいなかったのかもしれない。そして、今年はFive Yearsで終末を告げられてから30年目となる。けれど、不吉なことは思わなくていい。あらゆることが変わるし、なにも変わらないのだから。
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