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返事は書きますが、

返事は書きますが、

エリック・サティとエンリーケ・ビラ=マタスに寄せて。◆Enrique Vila-Matas "Vampire in Love and other stories" Translated by Margaret Jull Costa (New Directions Books, 2016)
  • 青澤隆明
    2020.10.02
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 エリック・サティは受けとった手紙を決して開封はしなかった、けれど必ず返事は書いた――という書き出しの短篇を読んだ。宛名と住所をみて返信していたという話で、どこかで読んだような気もするが、サティの書簡集がいま手元に見当たらない。エンリーケ・ビラ=マタスらしい気の利いたアイディアだ。それで、私もやってみた、という展開である。

 もうだいぶ前のことになるが、『バートルビーと仲間たち』という本を読んでから、エンリーケ・ビラ=マタスがいっぺんで好きになった。それからやはり木村榮一氏の訳で出た『ポータブル文学小史』というこれまた痛快な本を読むと、もう邦訳が待ち切れず、スペイン語はなかなか厳しいので、いくつか英訳本を取り寄せては、気が向くと読んできた。

 2016年にアメリカで出た“VAMPIRE IN LOVE”という短篇集もそのうちの一冊で、しばらく読みさしになっていたけれど、なにげなくひさしぶりに読み進めると、「もうEメールを読むつもりはない」というごくごく短い短篇が収められていた。それがこの話である。旅先の作家が、サティへのオマージュを気どって、たまったe-mailの本文を読まずに返信する、というそれだけのことなのだが、これがいちいち面白い。

 それで、ぼくもいつか真似してみようかと思ったけれど、コクトーやドビュッシーのような人から手紙がもらえるわけでもない。まことに残念なことだ。かといって、「好きな作家は誰ですか」といった質問がそうくるものでもないし、そのことでしたらいまここに回答の一部は書いてあります。

 だけどもし、近いうちか遠いうち、ぼくからなにやら意味不明の返信が届いたら、きっとそれは以上のような趣旨なのだろう、と賢明な諸氏にはお察しいただけるとうれしい。そのときは、サティやビラ=マタスのことを想って。決して、怒らないように。
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