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サティのかたちをしたあるものの不在--椎名亮輔著『梨の形をした30の言葉』を読んで(後)

サティのかたちをしたあるものの不在--椎名亮輔著『梨の形をした30の言葉』を読んで(後)

本の話。椎名亮輔著『梨の形をした30の言葉 エリック・サティ箴言集』(アルテスパブリッシング, 2022)を読んで(続き)
  • 青澤隆明
    2022.08.03
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 さて、この本、『梨の形をした30の言葉』を読んだのがサティの誕生日を過ぎた頃なら、いまは命日から1か月くらい経ったところで、またぱらぱらとページを捲っている。

 それにあわせて、「(犬のための)ぶよぶよした前奏曲」や「(犬のための)ぶよぶよした本当の前奏曲」をいま聴き直していたところ。高橋悠治とアラン・プラネスの懐かしい録音だ。もう40年もむかしの出来事になる。

 しかしこのタイトル、著者によれば、とある(「一匹の」)犬のための、「とらえどころのない」、「まとわりつく」、「曖昧な」前奏曲という形容らしい。ということは、なおさらサティめいている。

 「梨の形をした3つの小品」を本歌とするように、この本では30の言葉が表札に立てられている。(「3つの小品」が、前後に2つずつ伴って、全7曲でできているように、この本にも前後に短い文章がついている)。それでも、サティはここにいるとも言えるし、いないとも言える。

 正確に言えば、不在のかたちでいる、というありかたこそ、サティにふさわしい。そして、「梨」は、日本語では「無し」と響き合う。そこからイメージを繰り出せば、サティの言葉は、梨のかたちがイメージさせるユーモラスな静物を想像させるだけでなく、無形の言葉というふうにもみえる。

 サティはどこかに出かけてしまって、主は留守のまま、ときどきに放たれた言葉たちがなにかを「とらえどころなく」示唆している。「われわれの情報は不正確であるけれども、われわれはそのことを保証しない」。言葉はいつも言い尽くさず、そこにはかならず余白があって、サティはつねに不在を囲う。謎めく置き手紙のように。

 どの言葉もサティのかたちをしている。
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