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にぎやかなストーリー - ブラッドベリをもう一度

にぎやかなストーリー - ブラッドベリをもう一度

少しまえに、レイ・ブラッドベリの音楽好きがよく出たストーリーのことを書いた。ここでは、ブラッドベリの短篇をもう一度。またまた賑やかに、現代への風刺を利かせて。◇レイ・ブラッドベリ「人殺し」~『太陽の林檎』小笠原豊樹訳 (ハヤカワ文庫)所収
  • 青澤隆明
    2020.07.26
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 先だって、レイ・ブラッドベリの「レガートでもう一度」という短篇のことを書いた。ブラッドベリはこのストーリーを「自らの身に起こったこと」として、いくつかの短篇とともに、その着想をあとがきで明かしている。

 「『レガートでもう一度』は、ある日の午後、木にいっぱいとまった小鳥が、ベルリオーズを、つぎにはアルベニスをオーケストラ演奏しているのを聞いたとき、自然発火した。」(伊藤典夫訳)

 その日の午後から、小鳥たちはずいぶんとたくさんの音符を複雑に奏でていたわけで、だからこそ主人公はその採譜から交響曲やカンタータをものして、作曲家として一躍脚光を浴びることもできたのだ。にしても、それをそのまま書きとれたのだとしたら、もともといい耳と素養があったということになる。

 ベルリオーズはさておき、アルベニスはなんだろう、「カタルーニャ狂詩曲」? いや、「イベリア」のオーケストラ編曲のほうがふつうだろうか……などと思いをめぐらせてしまう。ブラッドベリが小鳥たちの囀りにアルベニスを聞きとった、というのは面白いし、とにかくカラフルで鮮やかな音楽でなければいけなかったのだろう、それは。ベルリオーズにしてもそうだ。

 さて、音楽がいっぱい響いているストーリーは、ブラッドベリにはもっとあって、たとえば「The Murderer」というのはかなりにぎやかな光景だ。書き出しからとてもいい。「音楽はかれといっしょに白い廊下を移動した」。
 
 この短篇「人殺し」のつづきをもう少し、同じく小笠原豊樹訳で引くとこうなる。「一つのドアからは『メリー・ウィドウ・ワルツ』がきこえていた。別のドアからは『牧神の午後への前奏曲』。もう一つのドアからは『キス・ミー・アゲイン』。廊下をまがると、『剣の舞』がシンバルや、ドラムや、ポットや、フライパンや、ナイフや、フォークや、雷鳴や、稲妻の騒音にかれを埋めた。控室に入るとその騒ぎはいっぺんに静まり、秘書がベートーヴェンの第五交響曲を茫然と聴いていた。」

 そのあとも、チャイコフスキーの『ロミオとジュリエット序曲』、『ウィーンの森の物語』、『シナの太鼓』、『ツィガーヌ』、バッハのパッサカリアとフーガなどがてんこ盛りだ。「さまざまなメロディがまじりあい、むつみあっていた。ストラヴィンスキーがバッハと番い、ハイドンはラフマニノフを拒もうとして拒みきれず、シューベルトはデューク・エリントンに殺された」。

 なかなか愉快でしょう、気が利いていて。

 で、これらのさまざまな音楽たちがどう短篇のストーリーと関係あるのかというと、・・・やはり読んでいただくに越したことはない。精神科医が面会する囚人がどうして自分を「殺し屋」だとみなすのか、そちらのほうにプロットはある。つまり、よく知られた名曲、それから数々の電子機器音に彩られた、にぎやかなサウンドトラックは、静けさにとってみれば押しかけの騒音なのであった。
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