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びわ湖ホール「神々の黄昏」無観客上演  2020年3月7日、8日 びわ湖ホール

びわ湖ホール「神々の黄昏」無観客上演  2020年3月7日、8日 びわ湖ホール

新型コロナウィルスの影響で一般公開が中止になったびわ湖ホールの「神々の黄昏」。取材陣と関係者のみのまばらな3階客席から観た上演をリポートする。
  • 寺西基之
    2020.03.16
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 新型コロナウィルスによるコンサート自粛要請のために、3月7日と8日の両日に予定されていた滋賀県立芸術劇場びわ湖ホールのワーグナーの楽劇「神々の黄昏」が公演中止に追い込まれ、代わりに無観客上演を実施してDVD収録とユーチューブでの無料同時配信を行なったことは大きな話題になった。沼尻竜典芸術監督のもとでびわ湖ホールが4年かけて総力を挙げて取り組んできた『ニーベルングの指環』の最終回であり、特に「神々の黄昏」は時間的規模も長大、編成も最大で、1億6千万円もの製作費をかけて1年にわたって準備し、出演者も1か月以上前からリハーサルを重ねてきただけに、それが無に帰すことが避けられたのはせめてもの救いだったといえよう。しかも同時配信は両日ともに常時1万人以上が視聴し、アクセスした人の延べ数は2日間で36万人に到達、海外からの視聴も少なからずあったという。即日完売だったチケットは全額払い戻しになってしまったので公演中止による経済的な損失は多大なものだったにせよ、ネット配信を実現させたことで“びわ湖リング”を内外にアピールできたことは大きな成果だったといってよい。
 ここまで積み重ねてきたものを何とか形にしたいという沼尻芸術監督をはじめとする関係者の強い思いが今回の配信に結び付いたが、その実現までには、限られた短い期間での山中隆びわ湖ホール館長を中心とするホール・スタッフの大変な奔走があった。上演後の囲み取材での話によると、安倍首相が大規模なコンサートやイベントの中止要請を出した2月26日の後、山中館長は、公演の実施を探りつつも、万一中止せざるを得ない場合は無観客で上演してそれをDVD化する構想を県に伝えた。結局2月28日午前中に県から中止の命が下り、同日午後、山中館長は出演者全員を集めてDVD化を提案する。この提案の話に対しては大きな拍手が起こったが、DVD収録には全出演者の承諾が必要で出演者の中には権利関係上のクリアを要する人もいたため、諾否の返事に一日の猶予を与えたという。翌日全員がDVD化に賛成であることを確認し、無観客上演が決まったのだった。
この時点ではまだDVDのみの企画だったが、その後ホールのスタッフからユーチューブでの生中継という案が出され、急遽同時配信が決定された。その背景には、コロナ禍ゆえに演奏会が次々中止される状況の中で文化庁が、無観客でもネット配信を行なえば当初から決まっていた文化庁からの公演助成をそのまま出すという方針を打ち出したことがあったのかもしれない。いずれにしても、日本ではまだ一般的ではない長大なオペラのストリーミング配信をほとんど準備期間のない状況で行なうことはかなりの冒険であったはずだが(固定カメラによる正面からの映像のみで字幕なしという形になったのもこの状況では致し方なかっただろう)、すでに触れたようにそれは大きな反響を呼ぶこととなった。
中止決定からわずか数日、DVD化とネット配信の実現への山中館長とホール・スタッフそして沼尻芸術監督の奮闘は想像を絶するものがあっただろう。これまで制作に費やしてきた苦労、何よりもこの難しい超大作上演のために万全に準備してきた出演者と舞台関係者の努力を無駄にすべきでないという強い思いが、その原動力になったことは間違いない。

幸い筆者は取材陣と関係者のみが入場を許された3階席で2日にわたる上演に接することができたが、両日ともそうしたホール側の熱意に出演者が見事に応えた出来栄えとなった。過去3年にわたってこの“びわ湖リング”を観てきて、その水準の高さは十分認識してきたが、今回の「黄昏」はこれまで積み重ねてきた経験を踏まえた上でそれをさらに高い次元に持っていったようなきわめて充実した上演で、全体を貫く集中度と燃焼度の高さには胸が熱くなるものを感じたものである。
歌手は例年どおりダブルキャストで、昨年までの公演では不調の人が若干混じる場合もあったが、今回は押しなべてハイレベルで粒がそろっていた。興味深かったのは、ダブルキャストのそれぞれの個性の違いが例年以上に際立っていたこと。ジークフリートにしても、ヒロイックなクリスティアン・フランツ(7日)に対して、エリン・ケイヴス(8日)はどこかおおらかさが感じさせる。いかにも悪役ぶりがはまっている妻屋秀和(7日)、精悍な男ぶりを発揮する斉木健詞(8日)といった2人のハーゲンの対照ぶりも面白い。
とりわけコントラストが鮮明だったのがブリュンヒルデで、強靭さ一筋で押す迫力満点のステファニー・ミュター(7日)に対して、池田香織(8日)は強さとともに女の心の揺れを見事に表わし出していた。「ワルキューレ」や「ジークフリート」もそうだったが、この池田のブリュンヒルデの存在感はこの“びわ湖リング”の中でも格別のものがある。グートルーネも、清純な声を生かして結婚を夢見る乙女という面を引き出していた安藤赴美子(7日)、歌と演技ともにより強い気性の女を感じさせた森谷真理(8日)と、この役の違う側面が浮かび上がってきて興味深かった。
 ともにヨーロッパでの経験を感じさせる堂に入った歌唱を聴かせたグンターの石野繁生(7日)と高田智宏(8日)も秀逸。ワルトラウテの谷口睦美(7日)と中島郁子(8日)もそれぞれにブリュンヒルデとの緊張に満ちたやり取りの場をドラマティックに作り上げ、出番はわずかながらアルベリヒの志村文彦(7日)と大山大輔(8日)も見事に場を引き締める。何しろ3人のラインの乙女(7日=𠮷川日奈子、杉山由紀、小林紗季子;8日=砂川涼子、向野由美子、松浦麗)と3人のノルン(7日=竹本節子、金子美香、高橋絵理;8日=八木寿子、齊藤純子、田崎尚美)にも、東京二期会や藤原歌劇団の公演では主役を歌うような大ベテランや気鋭の若手を起用するという贅沢なキャスティングに、びわ湖ホールの本気度が窺われよう。びわ湖ホール声楽アンサンブルに新国立合唱団が加わってのレベルの高い合唱も聴きものだった(合唱指揮=三澤洋史)。

 沼尻竜典は歌手たちの歌に寄り添いつつ、京都市交響楽団を鮮やかな統率力でリードしていく。毎年このシリーズで京響は初日よりも2日目のほうが出来の良い傾向があり、今回も初日は前半ではまだ乗り切れないところがあったが、後半以降次第に調子を上げて、2日目は冒頭から力を全開、6時間に及ぶ長丁場を緊張の糸の切れることなく、見事に乗り切った。これまでワーグナー経験を積み重ねてきた京響の実力がこの「黄昏」ではフルに花開いたといえよう。今回この京響の好調さゆえに、余分な思い入れや過剰なロマン的表現を排して音そのものにドラマを語らせていく沼尻のアプローチがこれまでの3作以上に効果的に生きていた。ワーグナーのオケ・パートの雄弁さが圧倒的な力でもって迫ってきたのは、無観客ゆえに響きの鳴りがよかったからというだけではあるまい。劇の流れを迫真的に音化する沼尻の手腕はめざましいものがあり、またダブルキャストの歌手に合わせて、初日と2日目でテンポや間の取り方など微妙に表現に変化を与えていたことにも、オペラ指揮者としての技量が発揮されていた。

 ミヒャエル・ハンペの演出、ヘニング・フォン・ギールケの美術・衣裳は、ト書きに逐一忠実な写実的な様式美を追求したものゆえに、これまでも古色蒼然とか思想性の欠如という批判が一部から出てもいたが、プロジェクション・マッピングという最新のテクノロジーを駆使してまで写実性に徹するその姿勢は確たる信念に裏付けられており、特に今回の「黄昏」は、プロジェクション・マッピングの使い方と実際の舞台の動きとが今までの中で最も無理なく融合していたと思う。ライン河の流れの動きを映し出したいかにも19世紀ドイツの風景画を思わせる情景を背景とした舞台作りは美しく、また第3幕第1場での、岸に現われて歌う歌手たちのラインの乙女たちと河で泳ぐ映像の乙女たちとの入れ替わりがごく自然で(3年前の「ラインの黄金」の時はその点まだ試行錯誤のあとが顕著だった)、ハンペ&ギールケの演出・美術そのものがこの4年間とおして、技術的な用法を含めた進化を遂げていることが窺える。またジークフリートの葬送の場面では葬列をシルエットで浮かび上がらせたが、そこに遠く離れてその葬列を追うように見守るヴォータンの姿が映し出されたのが印象的だった。ト書きに忠実といいながら、どこかで独自のアイデアをそれとなく盛り込むことのあるハンペだが、この影絵でのヴォータンの思わぬ登場は心に響くものがあった。
 プロジェクション・マッピングの効果が最大限生かされたのはやはり最終場面。ワルハラが炎に包まれて崩れ落ちる様は何とも迫真的で、映像の持つ力が最大限に生かされる一方、ライン河に戻された黄金が大きく浮かび上がって幕となる。この場面の映像効果はやはり劇場で直に観ないと体験できないものであり、その意味で今回公開が出来なかったことは残念でならない。またここでの京響の盛り上がり方もものすごく、その圧倒的な終結は4年にわたるシリーズの最後を飾るにふさわしいものがあった。特に2日目は超大作を2日にわたって弾きとおしたというオケの達成感を表わすかのように、大地を揺るがさんばかりの響きが会場全体を包み込んだのだった。

 今回の無観客上演は沼尻芸術監督が語るように「スタッフと出演者が一丸」となって実現したわけだが、いざというとき一丸となれるのはやはり日常から芸術監督、館長、スタッフの間の信頼関係が築き上げられているからだろう。今は各地にオペラが上演できる優れた機構を持つ劇場がいくつも存在するが、多くが実質上ほとんど貸館としてしか機能しておらず、びわ湖ホールのようにしっかりとしたコンセプトのもとでオペラ公演を自主製作し、高いレベルでの上演を継続しているところはない。志の高い芸術監督、理解のある館長、オペラに精通しているスタッフ陣が一体となってこそ、真に価値あるものが創り出せるという劇場の理想的なあり方をびわ湖ホールは示している。
 特にワーグナーに関しては、今回で完結した『指環』以外に、これまで「さまよえるオランダ人」「タンホイザー」「トリスタンとイゾルデ」(さらに単独での「ワルキューレ」)を上演、来年は「ローエングリン」が予定されており、その意味でびわ湖ホールは今や日本におけるワーグナーのメッカといってよい存在だ。地方の劇場がこれだけワーグナー作品を続けて上演していること自体、まさに偉業といって過言ではない。今回の「神々の黄昏」の公演中止による損失は甚大なものだろうが、それを乗り越えて日本のオペラ界を牽引する活動を今後も続けていってほしいものである。
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