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びわ湖ホール「沼尻竜典オペラ指揮者セミナー」~指揮法の奥の深さを再認識させられるセミナー

びわ湖ホール「沼尻竜典オペラ指揮者セミナー」~指揮法の奥の深さを再認識させられるセミナー

2021年8月10~12日滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール
  • 寺西基之
    2021.09.14
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 2021年の第51回ENEOS音楽賞洋楽部門本賞を受賞した滋賀県立芸術劇場びわ湖ホールとその芸術監督である沼尻竜典。「『リング』全曲などのワーグナーや、近現代のオペラ作品の上演で圧倒的な成功を成し遂げ、今や我が国のオペラ制作や上演において欠くべからざる存在」という贈賞理由のとおり、沼尻&びわ湖ホールの活動が日本のオペラ界の発展に果たしてきた役割はきわめて大きなものがある。

 もちろんオペラ上演以外にも、びわ湖ホールは様々な有意義な事業を行なってきた。そのひとつが「沼尻竜典オペラ指揮者セミナー」である。これは、このホールの初代芸術監督・若杉弘の夫人でメゾ・ソプラノ歌手だった長野羊奈子(故人)が若杉の没後に若手音楽家の将来のためにと遺贈した基金(若杉・長野音楽基金)でもって、2015年から毎夏開催されているもので、毎年オペラを一作品取り上げ、オーディションで選抜された数名の受講生に対して、沼尻竜典がオペラ指揮の極意を伝授するセミナーである。期間は3日間で、オペラ中の役の歌パートをびわ湖ホール声楽アンサンブルのソリストたちが務め、管弦楽パートを初日は2台ピアノ、2日目と3日目は実際にオーケストラ(大阪交響楽団)が担当、まさにオペラ指揮の実践に即した内容の講習となっている。その模様は一般にも公開されており、ステージ後方にはスクリーンが2つ用意され、受講生の指揮姿の正面映像と側面映像の両方をリアルタイムで大映しすることで、客席の聴講者にも受講生の棒の振り方がはっきりわかるように工夫されている。筆者も2016年以来昨年を除いてすでにこれを客席で聴講してきた。

 第7回目となる今年取り上げられたのはビゼーの『カルメン』。講習の進め方は例年通りで、5人の受講生に作品の中の主なナンバーを交替で振らせながら、沼尻が指導していくという形をとる。5人はすでにオペラの副指揮の経験があるなど、プロの指揮者としての道を歩み始めている人ばかりだが、そうした経験者でも、実際に指揮させてみると、歌手とオケをまとめながら音楽的な表現を作っていくにあたっての問題点―歌とオケの呼吸が合わせられない、歌手やオケに表現意図が伝わらない、アンサンブルが崩れる、いろいろなパートの響きのバランスがとれない等々―がいろいろと浮かび上がってくる。沼尻はそうした問題が何に起因しているのか、彼らの指揮の難点を具体的に指摘しながら、どうしたらそれが解決されるのかをアドバイスしていく。歌う側、弾く側から指揮ぶりがどうみられているかを本人に認識させるために、随所で受講生の振り方の良否についての意見を歌手やオケのメンバーに求める場面も多々あり、まさに目に見える形で問題点が浮き彫りにされるといった感がある。

 特に沼尻が強調するのは(これは過去のこのセミナーでも彼が一貫して繰り返し説いてきた点である)、余計な棒の動きを抑制して必要なことのみを明瞭に伝えるシンプルな振り方が大切であるということである。実際、上に挙げた問題点もつまるところは不必要な棒の動きに起因する場合が多いことが、指導をとおして明らかにされる。表情を伝えるつもりで指揮ぶりに余分な動きが加わることでかえって歌手やオケの呼吸が合わなくなったり、アンサンブルを揃えるべく各拍を明確に振り過ぎてドラマとしての音楽の流れが停滞してしまったり、拍子をとる手と表情を指示する手という両手の動きがうまくシンクロしていないためにオケが混乱をきたしたりといったことが実際に起こり、そのたびごとに沼尻が自ら振り方の例を示しながらその解決法を教示する。はっきりと振るべき部分と、逆に棒の動きを抑えて歌手やオケに任せるべき部分との見極めといった、その場にふさわしい臨機応変の対応の重要性を実践的に身に付けさせる一方で、歌手の息遣いにいかに寄り添っていくかを考えさせたり、時には事務的に振ったほうがかえって音楽的に生きる場合があることを試させたりなど、様々な状況での指揮の仕方が考察される。さらに、オケに指揮者が言葉で表情を指示する場合、例えば「幻想的に」というような言い方は、相手によって語の意味の受け取り方が違ってくるのでもう一言加える必要があることや、あるパートに単に「音をくっきりと」という指示を出すだけでは、それが音を長く奏することなのか、短く奏することなのか、強く出すことなのかが受け取る側はわからないことなど、説明の具体性が大切であることを説く。まさに現場の実践に即した様々な対処法、注意点が取り上げられていくのだ。

 このように書いてしまうと、いかにも棒振りのテクニックあるいはノウハウに特化した講習と思われてしまうかもしれないが、決してそうではない。当セミナーの目的はあくまで、どのように振ればオペラの場面の情景やストーリー、人物の感情を的確に表現し得るのかといったオペラ表現を追求する点にある。実際その場で観ていると、棒の振り方をほんの少し変えただけで歌手やオケの反応がまったく変化し、それによって演奏の表情、表現が大きく変わって、音楽が俄然ドラマ性や迫真性を帯びることが手に取るようにわかり、改めて指揮法というものが奥の深いものであることを再認識させられる。厳しさとユーモアを織り混ぜながらそれを明らかにしていく沼尻の指導はきわめて具体的かつ合理的で、聴講していてもまことに面白く、なるほどと思わせられることばかり。指揮者を志している人はもちろんのこと、一般の音楽ファンにとっても得るところの多い充実した内容のセミナーである。
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