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第44回ピティナ・ピアノコンペティション特級ファイナル レポート

第44回ピティナ・ピアノコンペティション特級ファイナル レポート

2020年8月21日サントリーホール
  • 寺西基之
    2020.08.24
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 毎年夏に開催されるピティナ・ピアノコンペティション。今年度はコロナ騒動がまだ収まらない中、開催は難しいのではと思われていたが、部門を大幅に絞り(特級、Pre特級、G級のみ)、予選の審査方法を変え、オン・ラインも活用するなど、様々な工夫を取り入れることで開催された。特に日本のピアニストにとっての登竜門のひとつとなっている“特級”が例年通り、ファイナルでオーケストラを迎えて協奏曲を演奏できた意義は大きなものがある。オーケストラ界はやっと演奏会が再開され始めて間もない現状で、その方法を試行錯誤している段階だ。そうした中でオケ伴奏の協奏曲によるファイナルを実現させたピティナおよび関係者の英断に心から敬意を表したい。

今回その“特級ファイナル”を会場のサントリーホールで聴いた。ファイナリストは演奏順に、谷昂登(桐朋女子高等学校音楽科[共学]2年)、山縣美季(東京藝術大学1年)、尾城杏奈(東京藝術大学大学院1年)、森本隼太(角川ドワンゴ学園N高等学校1年)の4名で、谷、尾城、森本の3人がラフマニノフの協奏曲第3番、山縣がショパンの協奏曲第2番を選曲、数ある課題曲の中でも最も長大なラフマニノフの第3番を3名が選んだことで、長丁場にわたる審査となった。審査員は五十音順に、青柳晋、東誠三、上野真、江崎昌子、岡原慎也、岡本美智子、小林仁、杉本安子(審査員長)、クラウディオ・ソアレス、松本和将、若林顕。入国制限のために例年のように外国から審査員を招聘することができなかったことは致し方ない。オーケストラは東京交響楽団、指揮は岩村力が受け持った。

最初に登場した谷昂登は、とても音楽的な感興が豊かなピアニストだ。例えば両端楽章の叙情的な部分でテンポをかなり落としてたっぷりと歌うなど、緩急の変化や細部の表情の付け方などにラフマニノフへの思い入れが伝わってくる。ただそうしたカンタービレへのこだわりが音楽の流れを滞らせてしまう傾向がある一方、急速なパッセージなどではいくぶん力みが感じられる箇所があったのが惜しい。とはいえ、広がりを感じさせる音楽作りは瞠目すべきものがあり、大器の素質を持った若手として今後が期待出来よう。

ただひとりショパンを選んだ山縣美季は、清楚な美しい音による丁寧な運びの中に、仄かなロマン的な味わいを漂わせて魅力的。自己を強く出そうとするのでなく、むしろ曲の魅力そのものを浮かび上がらせようとする誠実な姿勢にとても好感が持てる。第2楽章中間部などは、一種のレチタティーヴォなのでもう少し自由なテンポで動揺する感情を打ち出したほうがよかったとも思うが、むしろ過剰な感情表現に陥らない点が彼女の美質なのだろう。第3楽章は端正な中にも躍動感が息づいて、彼女の優れたセンスを窺わせた。

尾城杏奈は細部の音までしっかりと弾き込みつつ、明快な生き生きとした音楽を生み出して、洗練されたラフマニノフを披露した。全体のコントロールが行き届き、淀みのないすっきりとした流れの中にも微妙な色合いの変化が織り成され、決して大きな音を叩き出すことはしないのにオケの強奏の中でも音がきちんと客席に届いてくる。オケをよく聴きながら音楽を作り上げていた点も特筆すべきで、そうしたアンサンブルを重視するという点も含めて、今回の4人の中では最も完成度の高い音楽を聴かせてくれたといえよう。

対照的に森本隼太のラフマニノフは型破りな面白さがあった。自分の感性を大切にして自由自在に奏でる思い切りの良さが痛快で、伸縮するテンポの中、弾(はじ)けるようなタッチで溌剌とした音楽を作り出す一方、歌うべきところは存分に歌心を込める。その奔放さゆえに時に破綻をきたす場面もあり、またオケとのズレも生じるが、それもまたスリリングな魅力としてしまうところに彼の才能があるといえるだろう。日本人には稀な個性派ヴィルトゥオーゾで、そのインパクトの強さから聴衆賞で第1位を獲得したことはうなずける。

審査結果は、尾城がグランプリに輝き、銀賞は森本、銅賞は谷、第4位が山懸という順。4名の中で最も年長の尾城は演奏の安定度と成熟度の点でたしかに一日の長があり、彼女のグランプリ獲得は筆者も十分納得できるが、ほかの3人もそれぞれに自分の音楽を持った逸材で、今後その才能をどのように伸ばしていってくれるのか、楽しみである。四者四様の個性の競演を堪能させられた今年の特級ファイナルだった。それだけに指揮者がもう少しそれぞれのピアニストの息遣いを感じ取って、彼らの音楽にしっかりと寄り添うことができる人だったら、さらに良かったとは思ったが…。
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