ミューザ川崎シンフォニーホール「キープディスタンス・コンサート」レポート

ミューザ川崎シンフォニーホール「キープディスタンス・コンサート」レポート

2020年6月16日(火)ミューザ川崎シンフォニーホール
  • 寺西基之
    2020.06.24
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 新型コロナウィルスゆえに日本中で演奏会が聴けなくなってからすでに3カ月以上、やっとここにきてコンサート開催に向けて動きが出始めたが、コロナ感染の脅威はまだまだ続くとあって、開催にあたってはかなり厳しい制約が国のガイドラインとして設けられている。その中でどのように演奏会を再開させていくか、音楽団体や劇場・ホールなどの主催者は模索中で、様々な形での試演が行なわれている。当欄でも先に東京都交響楽団の試演を取り上げて、それ自体が密にならざるを得ないオーケストラの舞台上の問題の検証の様子をレポートしたが、今回取り上げるミューザ川崎シンフォニーホールの「キープディスタンス・コンサート」はそれとは違って、劇場として客席やロビーの感染防止をいかに防ぐかという点に重点を置いた試演会だ。客としてマスコミ、ジャーナリスト、音楽団体、他の劇場など業界関係者のみが参加し、ホール内やロビーでの様々な感染症対策を検証するという試みであり、もともと「MUZAランチタイムコンサート 底抜けに明るいジャズ」として予定されていながら中止になった公演をそのまま試演会としたものである。

 当然ながら感染防止のために客には様々な注意事項の履行が求められる。今回はまずチケットの引き換えの際に名前と住所を記帳、マスクの着用は言うまでもなく、手指のアルコール消毒も必須、入り口前で他の入場者とのディスタンスを取りつつ並び、入場の際にはサーモグラフィーでの体温検査も行なわれる。また客と係員の手の接触を避けるために、チケットは各自でもぎって半券を箱に入れ、プログラムも自分で取らなければならない。客席(この日は100席限定だったので、1階と2階センター前方のみを使用)は前後左右1席ずつ開ける必要から座れない席には着席禁止の紙が貼られ、舞台すぐ下の1階の1~4列も使用できないようになっていた。ブラボーの声はもちろん、客どうしの会話も極力控えるようにという注意があり、またクローク、喫茶コーナー、ショップも閉鎖、冷水器も使用停止となるなど、これまで当たり前だった演奏会場のあり方からまさに一変した感がある。演奏中にはホールの外ではロビーなどの消毒もスタッフが改めて行なっていたという。

 すでに演奏会開催へ向けて動き出している様々な団体やホールもほぼ同じような方針を打ち出しているので、少なくとも当面しばらくはこうした形が演奏会の「新しい様式」となっていくと思われる。ただ実際に運用していくにあたっては、今後いろいろな問題点も出てくることは避けられまい。今回は100席のみの演奏会だったが、会場の半数(さらに制限が緩められた場合はそれ以上)の席を用いるコンサートの場合、開場の際の行列やトイレを待つ列ではたしてキープディスタンスが可能なのかははなはだ疑問だし、客どうしの会話をまったく規制できるとも思えない。今回もわれわれはロビーで普通に言葉を交わしていたし、ホール内では掲示パネルを持った係員が巡回していたせいか、さすがにほとんどの人が静かに待ってはいたものの、1階真ん中で男性2人が席に座って(マスクはしていたものの)かなり大きな声で会話を開演直前まで続けていた。業界関係者ですらそうなのだから、一般のお客様にそれを守ってもらうのはかなり難しいと思われる。演奏会終了後に行なわれた意見交換会でも、客の立場から参加者のいろいろな意見が出されたが、これから演奏会が実際に再開されてから、いろいろな事例が生じて、ケースバイケースで対応し、注意事項を修正していくことを通じて「新しい様式」は確立されていくことになるのだろう。

 ただ演奏会というのは、生の演奏を聴くことが最大の目的であることはもちろんだとしても、多くの人にとってはそこに集まる人との交流の場でもある。ロビーやドリンクコーナーもそのために生かされるのであり、そうしたことを断ってしまう「新しい様式」は演奏会本来のあり方にはそぐわないものだ。感染防止のためには当面は致し方ないにせよ、これが決して「新しい様式」ではなくあくまで「臨時の様式」であり、新型コロナの完全終息の折には、コロナ前の演奏会のあり方を今回の経験を踏まえて刷新したような、真の意味での「新しい様式」が生まれることを望みたい。

 今回は感染防止対策検証を目的とした試演会ではあったが、トロンボーンの中川英二郎、バンジョーの青木研、ピアノの宮本貴奈によるジャズ・トリオの演奏は実に生き生きとして楽しかった。青木のバンジョー・ソロによる「ラプソディ・イン・ブルー」というサプライズもあり、わずか50分ほどの短い演奏会ながら、とても充実したひと時だった。もともと「ランチタイムコンサート」として公開されるはずだったこの演奏会を楽しみにしていたファンに対しては少々申し訳ない気持ちにもなったのだが…。

 なおミューザ川崎シンフォニーホールによる毎夏恒例の「フェスタサマーミューザ」は今年も開催されることが発表された。もちろん例年通りとはいかず、座席は約600席に限って同ホール友の会会員に優先販売を行なう一方で、有料映像配信(一部は無料)として発信するという形態をとるが、首都圏のほぼすべてのオケが出演するという形は変わらず、7月23日から8月10日までほぼ連日演奏会が開催・配信されるという。配信をとおしてこれまでこの音楽祭に無縁だった地方のファンも首都圏の様々なオーケストラの演奏に触れることが出来ることになるなど、新たな聴衆を獲得するよい機会になるだろうし、長い間演奏会の休止を余儀なくされた各楽団にとっても再スタートへの大きなステップになるに違いない。
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