ウィーン・フィル主催舞踏会@ウィーン楽友協会大ホールの思い出

ウィーン・フィル主催舞踏会@ウィーン楽友協会大ホールの思い出

先ほど『「ウィーン・フィル ニューイヤーコンサート2020」を見て』という記事をアップしたところ、正月にも関わらず知人・友人から数多くの反響を頂いて驚いた。この手の音楽について書く機会は、1年を通じてもこの時期だけなので、もうひとつ、ウィーンのワルツに因んだ思い出話を書き記すことにする。
  • 前島秀国
    2020.01.02
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こんな僕でも、実はウィーン・フィルが演奏するシュトラウスをムジークフェライン(ウィーン楽友協会)大ホールで聴いたことがある。と言っても、ニューイヤー・コンサートではない。毎年1月に開催されるウィーン・フィル主催舞踏会の話だ。取材で1週間ほどウィーンに滞在することになった時、偶然にもその舞踏会とスケジュールが重なったので、チケットを手配してもらい、運良く潜り込むことが出来た。

舞踏会なので、当たり前だがドレスコードがある。男性は燕尾服またはタキシード(あまり知られていないが、軍服も正装とみなされるので可)。女性はイブニングドレスが必須。当然、日本からタキシードを持っていった。ホテルでタキシードに着替え、徒歩でムジークフェラインに向かうと、クロークでバイクジャケットを預けた若い男性がタキシードに着替えるため、特設の更衣室に入っていくのが目に入った。そこまでして、ウィーンの人たちは舞踏会に熱を上げているわけである。

ウィーン・フィル主催と銘打っているが、実際に彼らが演奏するのはオープニングの1曲だけ。僕が参加した年は、ちょうど《ニュルンベルクのマイスタージンガー》を国立歌劇場で指揮するためウィーンに滞在していたティーレマンが登場し、シュトラウスの《天体の音楽》を振った(ちなみにワーグナーのチケットは、関係各所にお願いしても全く入手不可能だった)。ニューイヤーコンサートと異なり、ウィーン・フィルは常設の舞台ではなく、平土間で演奏する。だからといって、あの黄金の響きが変わるわけではない。通常のコンサートと異なり、かなりざわついた雰囲気の中で演奏するので、ニューイヤーコンサートと全く同じではないかもしれないが、それでもムジークフェラインでウィーン・フィルがシュトラウスを演奏するとどういう響きで聴こえるか、自分の耳の基準を確立させる良い機会になった。

ウィーン・フィルの演奏が終わると、なんとジャズ・バンドがステージに上がってライブを始めたのは、ちょっと意外だった。大ホールの2階席、それに平土間の一部には仮設テーブルが設けられ、そこで料理や酒を楽しみながら、朝5時まで延々とどんちゃん騒ぎを繰り広げるわけである。今でも変わっていないと思うが、テーブル席には灰皿が用意してあった。もう、消防法もヘッタクレもない。異論はあると思うけれど、これがヨーロッパの“大人の文化”なのだと、その時初めて納得した。

驚いたのは、大ホールだけでなく、バックステージも参加者に開放され、そこに設けられたホイリゲで参加者とウィーン・フィルの団員たちがワイワイ飲み食いしていたことだ。ふとステージ脇に目をやると、さっきまでシュトラウスを演奏していたティーレマンと楽団員たちが、グラス片手に立ち話に花を咲かせている。平土間は、都内の満員電車もかくやの寿司詰め状態で人々がダンスを踊っている。しかも全員正装で! これは、ちょっと日本では目にすることの出来ない光景だ。

クラシック音楽には、舞曲、もしくはダンス・ミュージックを素材にした楽曲が数多く存在するが、西洋音楽を本格的に聴き始めてからまだ200年も経っていない日本人がイメージする舞曲は、どうしてもお上品なイメージになりがちである。だが、僕がウィーン・フィル主催の舞踏会で目撃したのは、現代のクラブとさしてかわらぬ、エネルギッシュでやや猥雑な享楽の光景だった。そもそも酒が入ったら、人間おとなしくダンスなんか踊るわけがない。その当たり前の事実を、僕はクラシック音楽の中心部たるムジークフェラインの大ホールで、タバコをふかしながら再認識したのだった。

ただし、僕は仕事と割り切って参加したので仕方ないと思っているけれど、個人参加の場合、異性のパートナーを同伴していないと、いくらウィーン・フィル主催の舞踏会と言えども、楽しみは10分の1以下に減じてしまうことを付記しておく。

参考までに、今年は1月23日夜10時(現地時間)より、ヘルベルト・ブロムシュテットを指揮者に迎えて開催予定。チケットは1月13日よりウィーン・フィルのチケット・オフィスで発売される(入場料180ユーロ、テーブル席チャージの場合は別途)。
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