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久石譲指揮ワールド・ドリーム・オーケストラを聴いて(その1)

久石譲指揮ワールド・ドリーム・オーケストラを聴いて(その1)

毎夏ツアー公演を開催している久石譲指揮新日本フィル ワールド・ドリーム・オーケストラ(W.D.O.)が、2019年以来となる演奏会を3都市で開いた。東京で予定されていた3公演のうち、緊急事態宣言の発令で4月25日と27日の公演は中止。はからずもツアー最終日となった24日が幸運にも聴けたので、レポートする。
  • 前島秀国
    2021.04.26
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この演奏会に限らないが、今回の緊急事態宣言の突然の発令と要請により、GW前の週末に都内で公演を予定していた多くの演奏団体とその関係者は、非常に苦しい対応を迫られることになった。もともとワールド・ドリーム・オーケストラ(以下、W.D.O.と略)は、千穐楽の4月27日に有料ライブ配信を予定していたのだが、会場の東京芸術劇場が東京都の緊急事態措置の一環として4月25日から臨時休館に入ったため、たとえ無観客であっても公演が不可能となった。4月24日と25日に公演を予定していたすみだトリフォニーホールも同様である。ならば、かろうじて公演が可能となった4月24日のトリフォニー公演を映像収録して配信すればいいじゃないかと思うかもしれないが、そもそも配信用の映像収録というものは、スマホやデジカメで撮るような簡単なものではない。それに、W.D.O.はここ数年ーー著名な海外オーケストラの来日公演を含めてーー日本で最もチケットの入手が困難なオーケストラ公演となっている。24日公演のチケットも当然のことながらすべて完売し、事実、当日の着席率はほぼ100%に近かった。そういう状況の中で、仮に映像機材と収録スタッフが確保できたとしても、カメラ席を急遽設定することは物理的に不可能である。つまり「無観客開催もしくはオンラインの活用」と突然言われても、それはあくまでも現場の実情を知らないお役所の発想に過ぎない。

ともかく、京都1回、神戸1回、東京3回の計5公演を予定していたのが計3公演に減り、しかもライブ配信も行われなかったW.D.O.公演だが、このままでは誰もレポートを残さないことになってしまう(公演記録用の映像収録だけは行われたが、簡易的なものなので配信等はされないとのこと)。交響曲のような大作の世界初演のレポートは、本来ならば少し時間をかけて自分の考えを書きたいところだが、そうも言ってもいられないので、ここに間に合わせのレポートを書き記しておく。

2004年に久石と新日本フィルが始めたW.D.O.は、先述のようにここ数年チケットの入手が困難なこともあり、いわゆるクラシックのコアなファンにとっては縁遠い存在かもしれない。W.D.O.の歩みを紹介するのはここでは省略するが、ここ数年の活動内容に限って言えば、大編成を用いた久石の演奏会用作品の初演、久石が手掛けた商業用音楽(映画音楽などのエンタテイメント作品)の演奏、そして久石が作曲を手掛けた宮崎駿監督作品(現時点で長編が10本存在する)のサントラを物語順に沿って構成した交響組曲の初演、という3本柱でプログラムが構成されている。演奏会用作品は、当然のことながらミニマリストとしての久石が全力で作曲した芸術音楽なので、内容も相当にハードコアだ(もちろん、それは必ずしも難解な音楽ということを意味しない)。つまり、W.D.O.は「アートとエンターテイメント」の両輪で成り立っているプロジェクトなのであって、決してポップス・オーケストラなどではない。

当日の演奏順と異なるが、まずプログラム後半の曲から書いていく。

最初は、久石が昨年作曲した商業音楽を組曲化した《Asian Works 2020》(世界初演)。<Will be the wind>(LEXUS CHINAの委嘱)、<Yinglian>(香港映画『Soul Snatcher 赤狐書生』のラブテーマ)、<Xpark>(台湾の水族館Xparkの館内音楽の1曲)の3曲からなるが、これは先に述べたW.D.O.の「エンターテインメント」の部分にあたる。

そして、プログラム後半の目玉である、映画『もののけ姫』の音楽を交響組曲化した《Symphonic Suite “Princess Mononoke” 2021》。久石は、2016年のW.D.O.公演ですでに『もののけ姫』の交響組曲を演奏しているが、その時の結果に必ずしも満足がいかなかったようで、今回、新たに改訂を加えた2021年ヴァージョンを披露した。作曲家自身のプログラムノートによれば、改訂のポイントは大まかに3つあり、1つめは前回の組曲で割愛していた「世界の崩壊のクライマックス」を加えたこと(サントラの原曲はシンセサイザーを用いているが、これをコントラバスのグリッサンドなどに置き換えている)、2つめは組曲中盤に登場する主題歌のキーをソプラノ歌手が歌いやすいように変えたこと、3つめは久石が海外で演奏しているフィルムコンサート用のオーケストレーションを導入したことである。とりわけ、「世界の崩壊のクライマックス」(本編の物語ではシシ神殺しの部分にあたる)の音楽が加えられた効果は絶大で、これにより、宮崎監督が意図した「破壊と再生」の物語が組曲全体を通じてきわめて明確に伝わるようになった。主題歌のパートを歌ったのは、久石とはこれまで何度も共演を重ね、2016年時の交響組曲でもソプラノを披露した林正子(今回の組曲の最終曲「アシタカとサン」も、彼女がヴォーカル・ヴァージョンを歌った)。いまや日本を代表するオペラ歌手のひとりとなった林が歌う「もののけ姫」は、当然のことながら映画の時のカウンターテナーの印象とは大きく違う。よりエモーショナルで情念のこもった歌になっていた。

そして特筆したいのが、W.D.O.すなわち新日本フィルの気魄に満ちた演奏。オープニングの大太鼓の一打からこれまで聴いたことのないような緊張感を漂わせ、演奏全体を通じて何かに取り憑かれたような高揚感を放っていた。緊急事態宣言により、翌日以降の演奏を中止せざるを得なくなった急転直下の状況変化が無念と悔しさを積もらせ、だからこそ、この日の演奏で完全燃焼しなければならないという使命感にオケ全体が駆り立てられたのは、間違いないだろう。僕は『もののけ姫』の生演奏を比較的多く聴いているほうだと思うが、当夜のW.D.O.は過去の「もののけ姫」の演奏をすべて凌駕していただけでなく、およそオーケストラというものが表現しうる迫真性の限界にまで到達していたように思う。これが然るべき形で映像収録出来なかったのは本当に悔やまれるが、そうした不条理な状況は、まさに『もののけ姫』の世界そのものでもあった。(その2に続く)
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