ユッセン兄弟 ピアノデュオ・リサイタル

ユッセン兄弟 ピアノデュオ・リサイタル

ユッセン兄弟がファジル・サイに作曲を委嘱した《夜》で真に驚嘆すべきは、4手である利点を活かし、ふたり同時に内部奏法で演奏する点。ひとりの人間の手が2本しかない以上、ファジル本人でさえこんなユニークな演奏は不可能だ。
  • 前島秀国
    2019.11.27
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 ルーカス(兄)とアルトゥール(弟)のユッセン兄弟、来日中に関東で唯一のデュオ・リサイタル(2019年11月17日、彩の国さいたま芸術劇場音楽ホール)。完売。大半が女性ファンかと思いきや、実際は男女比4:6くらい。前半がモーツァルトとシューベルト、後半がプーランクとファジル・サイとラヴェル。モーツァルト、シューベルト、ラヴェルについては、すでにSNS上で感想があふれているので、誰も触れないファジル・サイの作品に特化して書く。
終演後、楽屋で彼らに聞いた話によれば、ファジルに新作委嘱するアイディアを最初に思いついたのは弟アルトゥール。もともとファジルのファンだった弟に触発され、兄ルーカスもファジルに熱中し始め、2013年ファジルが作曲・初演したピアノ・トリオ《スペース・ジャンプ》を聴いて新作委嘱を決断したという。今回彼らが演奏した《夜》(前日の札幌公演が日本初演)は、トルコの音階を巧みに採り入れた、いかにもファジルらしい曲に仕上がっているが、真に驚嘆すべきは、4手である利点を活かし、ふたり同時に内部奏法で演奏する点だ。アルテュールが低域の弦を抑えて大地を揺るがす地響きのような音を鳴らし、ルーカスが高域の弦を弾き(はじき)ながらトルコの民俗楽器サズを思わせる孤独の歌を奏でる。こんなことはファジルでしか思いつかないが、ひとりの人間の手が2本しかない以上、ファジル本人でさえこんなユニークな演奏は不可能だ。その4手の内部奏法から、ファジルのどの作品にも共通する、歴史、政治、社会への求心的メッセージが“夜”のように漠然と浮かび上がってくる。ピアノという楽器にはまだまだ未知の可能性が残されているという、当たり前の摂理を思い知らせた演奏だった。
バッハ/クルターク編の《神の時こそいと良き時 BWV106》(絶品!)をアンコールで弾いた後、最後のアンコール曲《シンフォニア40》は、ユッセン兄弟がイタリアの作曲家イゴール・ロマに委嘱した作品。要するにモーツァルトの交響曲第40番のリコンポーズだが、音楽をニーノ・ロータ風に崩していく後半部ががぜん面白い。たぶん、ユッセン兄弟のトレードマークのひとつになるだろう。
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