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2019年はジョン・ウィリアムズ・イヤーだった(その1)

2019年はジョン・ウィリアムズ・イヤーだった(その1)

最新作『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』の公開を控えた作曲家ジョン・ウィリアムズをめぐる、あれこれ(その1)ーードゥダメルの取り組みをめぐって。
  • 前島秀国
    2019.12.17
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今年もあと2週間。今週20日の金曜日には『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』が全世界で一斉に公開される。午前0時のカウンタダウン上映の席は、すでに押さえた。『帝国の逆襲』以降、このシリーズはすべて初日(もしくは先行上映)に見てきたけれど、40年近く続けてきた習慣も、個人的にはこれが最後となるだろう。この作品をもって、ジョン・ウィリアムズが『スター・ウォーズ』シリーズの作曲から引退することを表明しているからだ。ルグランが逝去し、モリコーネが引退を表明した現在も、こうしてウィリアムズの新作の誕生の瞬間にリアルタイムで立ち会うことが出来るのは、本当に幸運としか言いようがない。いつもながら、ファースト・インプレッションを大切にしたいので、事前の予備知識などはいっさい頭に入れず、素の状態で上映を見に行こうと思っている。すでにネット上で公開されているという、アカデミー賞会員向けのサントラ音源のストリーミングも敢えて耳にしない。

数年前に行われたある調査結果によれば、現在コンサート会場で最も頻繁に演奏されているクラシックの現役作曲家は、1位がアルヴォ・ペルト、2位がジェームズ・マクミラン、そして3位がジョン・ウィリアムズだという。日本人のクラシック愛好家から見ると、ちょっと意外な結果もしれないが、ウィリアムズの上位ランクインに関しては、おそらく異論が出ないだろう。BPOもVPOも『スター・ウォーズ』のテーマを演奏済みだし、「ウィリアムズの映画音楽を名門オケが演奏するなんて!」と眉を顰めるリスナーは、現在ではどちらかといえば少数派に属するはずだ。

しかも、今年2019年は“クラシック作曲家”としてのウィリアムズの存在感を強く印象づける出来事がふたつあった。ひとつは、ドゥダメル指揮ロス・フィルの演奏ツアーと『ジョン・ウィリアムズ・セレブレーション』と題された2枚組CDのリリース、もうひとつはウィリアムズ自身が編曲と指揮を担当した、アンネ・ゾフィー・ムターのための新編曲のお披露目である。

まずドゥダメル指揮ロス・フィルについては、CDのライナーノーツや3月21日の本番演奏会のプログラム解説で書いたことは、ここでは繰り返さない。そこで書きたくても書けなかったことを、以下に記そうと思う。

そもそも今回のプログラム、ウィリアムズの名曲集として見れば、実はかなり選曲に偏りがある。『ハリー・ポッター』シリーズからの3曲の演奏が端的に示しているように、ドゥダメルはウィリアムズの映画音楽の中から、人やモノが飛んだり浮かんだり羽ばたいたりするシーンの曲、つまり「フライング・テーマ」を意識的に選んでいる。しかもその合間に、『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』で主人公がナチスの追跡を逃れるシーンの《オートバイとオーケストラのためのスケルツォ》や、恐怖政治の象徴というべき《ダース・ヴェイダーのテーマ》なんかが挿入されている。決して一般向けの“名曲集”ではない。

これがドゥダメルの故国ベネズエラの現状と窮状を反映したプログラムだと気が付いた人間は、いったい何人いただろうか? 

そのことがはっきりわかったのは、アンコール1曲目に演奏された『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』の《アダージョ》だ。本編を見るとわかるが、このバーバー風の楽曲は、銀河共和国の多数の惑星が破壊兵器(スター・キラー基地)によって殲滅させられる悲惨なシーンに付けられている。しかもウィリアムズは、この楽曲をわざわざドゥダメルのために演奏会用に編曲したのである!
その悲惨な《アダージョ》の後で、ドゥダメルはアンコール2曲目の《スーパーマンのテーマ》ーーウィリアムズの全作品で最も有名な「フライング・テーマ」――を指揮した。ドゥダメルが確信犯的にプログラムを組んだのは明らかだ。彼はジョン・ウィリアムズという俎板の上で、「圧政と自由」という極めて政治的で普遍的なテーマを料理してみせたのである。ちょうど、ショスタコーヴィチか何かの音楽を指揮するのと同じように。フレデリック・ジェフスキーの曲ではないが、ドゥダメルはウィリアムズの映画音楽を“不屈の民の変奏曲”とみなしていたのだ。

それに気付いた時、鳥肌が立つほどの震撼と共に、ドゥダメルに対する自分の評価が根底から覆った。この指揮者は自分の生命を賭けてウィリアムズの音楽に取り組んでいたのだ。そんなドゥダメルの姿勢を、ウィリアムズ本人も音楽面から全面的にサポートしている。政治的な発言をいっさい口にすることなしに(ドゥダメルが『リベレイター 南米一の英雄 シモン・ボリバル』で映画音楽作曲家デビューを飾った時、実はウィリアムズがドゥダメルにいくつかの助言を送っている)。

ここからの先の話は、もう時効だと思うので、書いてもいいだろう。
NHKホールでの本番終了後、ドゥダメルに挨拶しに行こうと楽屋に向かった。すると、ベネズエラ駐日大使がドゥダメルの楽屋に先に入り、扉を閉めると、中から約30分間出てこなかった。その間、両者が何を話していたのか、それは当事者たち以外に誰もわからない。約30分の缶詰が終わり、大使が楽屋を去ると、黒いTシャツに着替えたドゥダメルが満面の笑みで出迎えてくれた。僕はストレートにドゥダメルに訊ねてみることにした。
「あなた、今日のプログラムは意識的にフライング・テーマで組んだでしょう?」
「Yes!」
「それで、その音楽が、すべてを語っていると」
「That’s right!  一緒に写真撮ろう!」
これだけでドゥダメルと僕には、すべてが通じた。

そういう状況の中で、ドゥダメルはウィリアムズを指揮していたのである。
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