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チェロ奏者カミーユ・トマのチャリティ・ライブストリーミング

チェロ奏者カミーユ・トマのチャリティ・ライブストリーミング

先日、最新アルバム『ヴォイス・オブ・ホープ』をリリースしたチェロ奏者カミーユ・トマが日本時間6月8日午前1時、ロックダウン解除後初となるリサイタルを配信した。共演はピアノ奏者ジュリアン・ブロカル。出演者の意向により、UNICEFフランスへの寄付を募るチャリティ演奏という形をとっている。
  • 前島秀国
    2020.06.08
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ベルギー人の両親を持つフランス人チェロ奏者カミーユ・トマは、日本ではまだそれほど知られていないかもしれない。実は7月に予定されていた京響の名古屋公演でエルガーのチェロ協奏曲を弾いて日本デビューを飾る予定だったのだが、コロナ禍により公演延期となってしまった。8月に予定されている読響のサントリーホール公演ではドヴォルザークのチェロ協奏曲を弾くことになっているので、そちらでは何とか来日が実現して欲しいところだが、現状ではまだよくわからない。

僕が彼女に注目するようになったのは、ファジル・サイが彼女のために書き下ろしたチェロ協奏曲《ネヴァー・ギブ・アップ》を2年前にパリで初演し、センセーショナルな成功を収めたというニュースを目にしたのがきっかけである。それだけでも、彼女が単に既存の名曲を美しく弾くだけの演奏家ではないということがわかるが、先月まで続いたロックダウン中、彼女はパリの自宅のアパートメントの屋根に上がると、パリの空の下で演奏した動画を定期的にSNSにアップし、反響を巻き起こした。とても面白いことをする人だと思ったので、先月頭、スカイプ・インタビューを申し込み、約1時間にわたっていろいろなことを話した。その時の取材はすでにネット上にアップされているので、そちらをお読みいただきたい。

5月の取材の段階では、トマは公開での次の演奏会がいつになるか全くわからないと言っていた。しかしながら、ベルギーのロックダウン緩和(第3フェーズ、飲食店再開と無観客演奏が可能になる)が6月8日に決まると、彼女はブリュッセル在住のピアノ奏者/作曲家ジュリアン・ブロカルのアトリエ「Jardin Musical」に移動し、『ヴォイス・オブ・ホープ』リリース記念のリサイタルをライブストリーミングで配信した。演奏曲目はラヴェル《カディッシュ》、グルック《精霊の踊り》、ブルッフ《コル・ニドライ》、ブラームス《チェロ・ソナタ第1番》~第1楽章、フランク《ヴァイオリン・ソナタ》(チェロ編曲版)~第2&3楽章、ドニゼッティ《人知れぬ涙》、ドヴォルザーク《我が母の教えたまいし歌》、アンコールとしてペルト《天にまします我らの父を》(ブラームス、フランク、ペルト以外は『ヴォイス・オブ・ホープ』収録曲。今回はアルバム用の新編曲をピアノ伴奏で演奏)。ちなみに終演後のトークとQ&Aによれば、配信用のマイクロフォンはチェロがショップス、ピアノがAKGを使用したとのことである。

1曲めの《カディッシュ》から、すすり泣くような表現と伸びやかな高音で見る者を魅了したトマの演奏は、おそらく彼女がストラディヴァリウス「フォイアマン」を使用していることと無関係ではないだろう。この楽器は昨年秋、日本音楽財団から1年間の期限で彼女に貸与されたものだが、折からのコロナ禍で期限が半年間延長され、来年春まではこの楽器を使用できるということである。その《カディッシュ》をはじめ、今回トマが演奏したアルバム収録曲は、録音段階では別の楽器で演奏していた(ファジルの協奏曲のみ「フォイアマン」を使用)。だが、こうして「フォイアマン」の演奏で聴いてみると、オペラ・アリアを中心とした選曲と、彼女の歌謡的な表現の見事なブレンドが、よりヴィヴィッドに伝わってくる。加えて、ここ数ヶ月の演奏会開催禁止から解放され、ようやくリサイタルを開催できたという素直な喜びが、演奏の端々に感じられた。

しかしながら、今回の演奏で真に感銘を受けたのは、ブラームスとフランクだ。どの音符を弾いても美音を保つ特質はそのままに、ロマンティックな情熱にあふれ、音楽と緊密な一体感を保ちながら、曲の精神的な深みを伝える演奏は舌を巻いた。これを実演で聴けたら、どんなに素晴らしかろう。もし、彼女がリサイタルを日本で開催出来るとしたら、まずはこういう作品で勝負するのがよいのかもしれない。

取材の時、フランクの音楽の中に(トマ自身のルーツでもある)ベルギー的な要素を感じるか、と質問したら、彼女はこんな答えを返してきた。「ええ、ベルギー特有の温かさ、素朴さを感じます。ベルギーというのは、まさにフランスとドイツの中間的な要素を持つ国なんです。フランス音楽が、しばしば五感に訴えかける要素を持つのに対し、フランクの音楽はそうした要素を持ちながら、ドビュッシーやラヴェルにはないパッションも併せ持っています。フランクは同時に信仰心の厚い人でもありました。教会でオルガン弾いてましたしね。そういう意味で、人間の感覚的、官能的な要素と、精神的な要素のふたつ併せ持つ作曲家だと思います」。今回のフランクの演奏は、この彼女の言葉をそのまま体現していたと言ってよいだろう。

それと特筆しておきたいのは、伴奏を務めたピアノ奏者ジュリアン・ブロカルの素晴らしさ。ブロカルはピリスの愛弟子のひとりで、何度か彼女と共演を重ねている。僕は初めて聴いたが、彼の弾く弱音の美しさに惹かれないリスナーは、おそらくほとんどいないはずだ。特にブラームスやフランクの演奏では先に触れたトマの歌謡的な特質と見事に調和し、素晴らしいデュオを披露していた。チェロとピアノがこれだけ一体となったソナタの演奏は、なかなか聴けるものではない。

今回のライブストリーミングは視聴こそ無料という形をとっているが、日本では「投げ銭」と呼ばれる課金システムを用い、その収益の全額をUNICEFフランスに寄付するという試みも行われている。演奏終了後、トマは「ヨーロッパの状況は良くなっているが、発展途上国などでは依然としてパンデミックが発生する可能性が高いので、そういう国々の難民キャンプに暮らす子供たちに何よりも支援が必要とされる」と語っていた(アルバムの収益の一部もUNICEFに直接寄付されている)。

ライブストリーミング自体は、現在もブロカルのアトリエの公式サイトと、トマのFacebookページで視聴可能である。

ジュリアン・ブロカル「Jardin Musical」公式サイト:
https://en.jardinmusical.org/live

カミーユ・トマ 公式Facebookページ:
https://www.facebook.com/watch/live/?v=298910384599237
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