こんにちは、ワルトシュタイン。--清水和音とベートーヴェン

こんにちは、ワルトシュタイン。--清水和音とベートーヴェン

祝・ベートーヴェン生誕250周年、清水和音は60周年。◎ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ集 Vol.2 「ワルトシュタイン」「テンペスト」「告別」清水和音(pf) (TRITON)
  • 青澤隆明
    2020.11.13
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  ベートーヴェン・イヤーだからって、ずっと弾いてきたのだから、とくに取りたててどうということはない。こう言ってはなんだが、アルベニスやアルカンの記念年とは違うのである。ピアニストの立場としては、それが自然なスタンスだと思う。全集コンプリートとか、珍しい曲に取り組むということにふだんから積極的でもなければ、改めてどうということはないのだろう。

 それでもこの夏、東京と大阪で予定されていた清水和音の5曲のコンチェルトはやっぱり聴きたかった。情況が情況だけにどうにもならなかったのだろうけれど、それでも。というのも、清水和音はデビュー30周年のときはラフマニノフの5曲に集中して鮮やかな演奏を聴かせた。そして35周年には、ブラームスの2曲をバッティストーニと颯爽と共演した。今年がコンクールから40年目で、ベートーヴェンの生誕250周年ならば、そういう力業のコンサートにはまさに好機でもあった。8月に聴いたエンペラーも堂々たる風格だったから、なおさらもったいなく思ってしまう。

 こなかった機会をねだってもしょうがないし、だからということでもまったくないのだけれど、きょうの午後には、清水和音の録音したベートーヴェンのソナタ集を改めて聴いていた。全32曲のライヴ・レコーディングのほうではなくて、新録のピアノ・ソナタ集の第2巻で、2015年12月の録音である。このアルバムを聴いて、後期の3作の再録音を待ち望んでいるうちに、もう数年が経ったことになる。月日の流れは早いものである。でも、やはりそれは聴きたい。

 さて、ベートーヴェンでは、ぼくはこどもの頃から「ワルトシュタイン」が好きだということは、まえにここにも書いたけれど、やっぱりなにかベートーヴェンを聴こうと思うと、また自然とこのハ長調ソナタop.53に手がのびていた。

 この曲、「まったく弾く気が起きない」と言うピアニストもいるし、それもなんとなくわかるのだけれど、聴いていてこれほど凄い曲もそうそうあるものではない。イゴール・レヴィットは「真の革新」をそこにみて、「よく『熱情』の革新性を言う人がいるが、ピアノ音楽史上空前の革新作は『ワルトシュタイン』、そして『ハンマークラヴィーア』だ」と断言していた。ソナタの全集録音をまとめた直後にそういう話で盛り上がったのをよく覚えている。

 清水和音はと言えば、「見た目とこれほどかけ離れた曲もない」と語る。「『ワルトシュタイン』は譜面をみていると、なにも面白い感じがしない。だけど、弾いてみると、これほど凄い曲もない」と。その平明さがどうして素晴らしく、こうも偉大に鳴り響くのか。清水和音の演奏を聴くと、傑作の堂々たる立ち姿がはっきりと実感できる。透徹していて、清らかに美しい。

 そのアルバムを聴いて実感したことは付録のライナーノートにも記したし、その思いはきょうの午後になっても変わらないので、あえてここではくり返さない。男は黙ってベートーヴェン、である。ビールを飲まないぼくたちには、それでちょうどいい。乾杯!
 
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