周防亮介のカプリース - パガニーニとシャリーノを縦横無尽に(青澤隆明)

周防亮介のカプリース - パガニーニとシャリーノを縦横無尽に(青澤隆明)

周防亮介(ヴァイオリン)「パガニーニ&シャリーノ、2つのカプリース」(2021年8月6日、トッパンホール) パガニーニ:《24のカプリース》Op.1、シャリーノ:《6つのカプリース》
  • 青澤隆明
    2021.08.16
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 凄いものを聴いた。周防亮介がパガニーニの「24のカプリース」と、シャリーノの「6つのカプリース」を組み合わせて弾いた無伴奏リサイタルのことだ。

 先だって、4月14日の昼どきにもここトッパンホールで、サン=サーンスのヴァイオリン・ソナタ第1番ニ短調op.75を聴いていた。周防亮介のヴァイオリンは実に大きく、有吉亮治のピアノと相乗的に、情熱的な音楽を求めていった。これぞ大器である、まるで夢のようだ、とぼくは思った。ぼくの世代では実演で聴くことが叶わなかったのでなんとも言えないが古い録音で聴くような往年の巨匠を髣髴とさせるところもあって、とにかくスケールが大きい。それから、この日の無伴奏チクルスの挑戦を非常に楽しみにしてきた。

 パガニーニのカプリースの始まりから苛烈なテンションで気丈に焚きつけてきたが、シャリーノ作品での音響世界の拡張を経て、さらに弾き進んでいくにつれ、ヴァイオリンの表現の幅も自ずと余裕をもって広がってきて、緊張だけではない自在さが増し、プログラム終盤にかけては圧巻というほかなかった。

 剛毅で、壮大なヴァイオリンだった。その音の凄みは、巨大な存在感というより、厳然たる現前というほうが近いだろうか。人間技を超越するように、きわめて前衛的で実験的に仕掛けていっても、決して生命と自然から離れていくことがない。作品と楽器がもつイタリアの強い光彩もあるが、奏者はそれを自然と備えて、難曲を実に堂々と弾き進めていくのだった。そのヴァイオリンはしなやかに引き締まって、けれど柔らかくもある。どれだけ精細を求めようとも、依然として音楽が大きいのがなにより素晴らしい。

 ぼくにはそのような伝手も能力もないのでよくわからないが、これはきっと悪魔と取り引きしたレヴェルの凄さだろう。少なくともパガニーニと約束くらいはしていそうな。けれど、その音楽は悪魔が棲んでいるというより、もっと健全な剛直さを芯に据えている。タフな天使というか、むしろ厳かに眩い、金剛というイメージがぼくには思い浮かんだ。
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