ジョヴァンニ・ソッリマの歌の旅 - 『ナチュラル・ソングブック』とともに 

ジョヴァンニ・ソッリマの歌の旅 - 『ナチュラル・ソングブック』とともに 

CD◎ジョヴァンニ・ソッリマ (作曲・チェロ)『ナチュラル・ソングブック 』(Warner, WPCS-13829)
  • 青澤隆明
    2020.05.31
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 ジョヴァンニ・ソッリマのチェロは、いつだって大空のもとで鳴り響く。地上のボーダーは、楽しく越えるためのもので、彼を遮るものではない。壁は壊すのではなく、飛び越えればいいのだし、もともと壁などというものは存在しないのである。

 ソッリマのチェロは、とてもフィジカルである。フィジカルとは率直な意味で、それだけシンプルで、それだけ複雑であるということだ。鳥が飛ぶ姿をみたり、猫や豹が走ったりするのをみるように、彼のチェロは好きに動きまわり、そして好きということは直観と本能、つまりは必然による衝動と選択だと高らかに示してみせる。

 シチリアに生まれたこの男は、チェロを抱く旅人として、この地球を広く駆け巡ってきた。野生児のように。ルーツがあるというのは、彼にとって、どこでも行ける切符を手にしたも同然ということだろう。『ナチュラル・ソングブック』という連作タイトルは、だからまったくふさわしい名乗りなのである。ソロでもアンサンブルでもオーケストラとでも、ソッリマのチェロの広がりはまっすぐ、熱くうねって変わらない。その『ソングブック』の間に織り込まれた「ソナタ2050」は、ベートーヴェンとバッハの素材から生み出され、クラシカルな素材へのやわらかな交感をソッリマらしく晴朗に響かせている。

 話をきいて驚くのは、アイス・チェロとの出会いから生まれたというコンチェルトだろう。氷を彫刻したボディに弦を張った楽器自体が彫刻家のユニークな創作ならば、それを弾いてアルプスからシチリアまで旅をし、コンサート・ツアーを終えた後に海に還したというソッリマとこのアイス・チェロとの道行きもまた、神話的というかヒロイックな風を感じさせる。面白いのは、ソッリマの場合、すべてはコンセプトに留まらず、素材の声を放つことになることだ。氷のボディを感じさせるどこかソリッドな音なのに、やはり不思議な熱気を伝えてくる。しかもそれは、どこまでも人間的な歌に満ちている。

 こうしてアルバムのなかにフリーズされたかたちで、それでもいきいきと溢れてくるのは、その心が焦がれるように歌うことへと向かっているからだ。民謡を用いてつくったというその協奏曲を、「ナ(ア)イス・チェロ・コンチェルト(The N-ice Cello Concerto)」と題するところも、ジョヴァンニ・ソッリマの少年ぽい遊び心を素朴に感じさせて楽しい。溶けていくチェロと、消えていく音楽が、歌を介し、熱を帯びて、この地上で美しく限りある冒険を果たしたのである。 So N-ICE!
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