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シューベルト、225歳の誕生日に。

シューベルト、225歳の誕生日に。

シューベルト、225歳の誕生日。ラドゥ・ルプーを聴いている。◎ラドゥ・ルプー「シューベルト:楽興の時」(Decca/ Universal, 1981)
  • 青澤隆明
    2022.01.31
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 モーツァルトの誕生日が過ぎたところで、シューベルトの誕生日もまためぐってきた。この1月31日で、ちょうど225歳になるはずだ。現世にとどまったのはそのうちのほんのわずかのあいだで、シューベルトは32歳の誕生日を待てなかった。しかし、その音楽たるや、ずっとそこにあるような顔をして、きょうもぼくの部屋で流れている。しかもとても親しく感じられる。こんなにありがたいことはない、と思う。

 いま聴いているのは、ラドゥ・ルプーの弾く「楽興の時」。1981年のレコーディングだ。それからもうシューベルトの実人生分の歳月はとうに流れている。まるでうそみたいだ。

 ルプーと言えば、ウィーンの楽友協会で聴いたリサイタルのことがずっと忘れられない。そのときのアンコールは、シューベルトの即興曲op.90-3だった。そのまえに弾いたシューマンのファンタジーにつよく心打たれたのだが、このときのシューベルトを聴いて、この一曲だけでも人生は満たされるとさえ思った。

 さて、ルプーの次のリサイタルにあわせて、翌日にはベルリンに発ったのだが、ウィーンでのわずかな時間にどこかひとつくらい訪ねてみよう、と思って行ったのが、シューベルト最期の家だった。兄の家族と暮らしたにしては、ひどく手狭な家だった。
 
 病に伏し、ここに暮らしながら、あれほど遠大な音楽を手がけていたということを思うと、めずらしく感傷的な気持ちにもなりそうだった。フランツ・シューベルトが実生活のなかで命を落としたのは間違いないことだろうが、もともと彼はそんなところには生きていなかった、という思いのほうがつよい。それこそ無用の憐憫だと思った。

 ちょうどいま、『さよなら子供たち』でも聞こえていたあの曲が流れている。ルイ・マルの映画では、たしかマリア・ジョアン・ピレシュが弾いていた。

 ラドゥ・ルプーのシューベルトは、かけがえのない音楽だ。そこにシューベルトがほんとうにいるような気がする。しかし、これをCDでそのままにしておくと、あのハ短調ソナタが始まってしまう……。
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