ヴェルビエ音楽祭特集へ
Barenboim on Beethoven - ダニエル・バレンボイムの記者会見のことなど(青澤隆明)

Barenboim on Beethoven - ダニエル・バレンボイムの記者会見のことなど(青澤隆明)

「ダニエル・バレンボイム ピアノ・リサイタル」オンライン記者会見(2021年4月12日、日本経済新聞本社)
  • 青澤隆明
    2021.04.14
  • お気に入り
 ダニエル・バレンボイムの6月の来日が急遽発表された。しかも、ピアニストとしての。日本でのリサイタルは16年ぶりになるという貴重な機会に、ベートーヴェンのソナタばかりを弾く。

 5年前、2016年2月にシュターツカペレ・ベルリンのブルックナー・チクルスに、モーツァルトの弾き振りを織り込んだのが、ピアニストとしての最近の来日演奏になる。ブルックナーの交響曲9曲にモーツァルトのピアノ協奏曲6曲を弾き振りで組み合わせるなんて、バレンボイムにしか成し得ない大技だろうが、そのピアノ演奏がまた、曲ごとに趣きも変わってほんとうに愉しかった。

 ソロ・リサイタルの前回はと言えば、2005年2月のことで、このときはバッハの『平均律クラヴィーア曲集』第1巻と第2巻に集中した。ぼくは第1巻の半分、そしてベートーヴェンの最後のソナタが組まれていた東京文化会館のリサイタルを聴きに行ったが、健康上の理由ということで『平均律第1巻』全曲にプログラムが変更された。それが良かった。オーケストラのような巨大で多様な音響世界は、オーケストラも知悉したバレンボイムだからこそだと感じ入った。圧倒的な演奏だった。

 その折には見送られたベートーヴェンのソナタop.111は今回、最後の3つをまとめたプログラムで採り上げられるが、もうひとつの曲目が作品番号つきソナタの最初の4作というのも興味深い。ベートーヴェンの始まりと終わりという、ダイナミックなコントラストである。ベートーヴェンのソナタ全曲チクルスは1987年に東京でも展開されたが、このときも大きな感銘を受けた。ぼくもまだ10代だったし、初めて生で聴くバレンボイムのピアノだったからなおさらだ。

 昔話はさておき、最近のことを言えば、バレンボイムはCovid-19の情勢下、2020年の4月から6月にかけてベートーヴェンに集中して取り組み、そのなかからスタジオ録音によるピアノ・ソナタ全集も生み出された。指揮者として多忙な彼がこれほど集中してピアノを弾くのは半世紀ぶりだったとか。ベートーヴェン250歳の誕生日に合わせてリリースされたCDボックスは、バレンボイムのなんと5度目のピアノ・ソナタ全集録音となったが、ぼくはまだ聴けていないので、機会があればまた改めて。いずれにしても、バレンボイムの、ピアノの季節のさなかにあるなかでの来日は、ピアノ好きには一段と朗報だろう。

 さて、何日か前に来日公演が発表になったところへ、バレンボイムの記者会見がひらかれるというので、もちろん行ってきた。バレンボイムはベルリンの自宅からのオンライン参加なのだから、こちらも東京の自宅で臨むのが相応しいのではないか――という気だってしなくもないが、やはりそういうわけにはいかないのである。半リアルで出席してみれば、テレビ電話とか衛星中継とか、そういう風情の不思議な光景でもあった。なのに、自宅から参加したバレンボイムの率直な雰囲気が、むしろオンラインの距離を忘れさせる。会見は18時から始まって30分程度だった。

 ほかにもいくつか話題はあり、バレンボイムの特注で2015年に制作されたスタインウェイを運んでくる予定で、それが実れば日本で初披露となる。手が大きくないバレンボイムが鍵盤の幅を少し小さくしたピアノを愛奏しているという話はきいていたが、それだけでなくこの楽器の特質として、弦が低音部も含めてすべて平行に張られているため、音の分離がよいという。バレンボイムいわく、「リッチで、透明な音がする」のが、この特製ピアノの最大の特徴。

 で、バレンボイムがまっさきに口にしたのは、日本の聴衆への親愛の挨拶。「初来日が1966年で、1980年代にはベートーヴェンのソナタ・ツィクルスも行っているし、とても馴染み深い。日本の聴衆は真に強い関心をもって、音楽会に臨んでくれます。今回はベートーヴェンのソナタばかりを演奏します」。「Covid-19の困難な状況にあって、健康を守ること、経済のことだけではなく、私たちが生きる上で、文化や精神的な側面に目を向けることも大切だということを今回の来日を通じて伝えたい」。79歳のバレンボイムは飾らずにそう言った。

 簡潔で淡泊な質疑応答をはさんで、おしまいには「パンデミックで旅を自由にできなくなったことはあるが、ひとつひとつの旅がそれだけ大事になってきた。くり返しになりますが、日本に行くのをほんとうに楽しみにしている」と語った。

 ダニエル・バレンボイムのピアノ・リサイタルは6月上旬に東京から始まる。6月3日にベートーヴェンの初期ソナタ-op.2の3曲とop.7、4日には後期ソナタ-op.109、op.110、op.111をサントリーホールで。その後、7日に大阪フェスティバルホール、9日には名古屋・愛知県芸術劇場でも、後期3作を演奏する。楽しみでならない。
1 件
TOP