歌を、謳う、ギター。- 鈴木大介の『ギターは謳う  My Guitar's Story』を聴く

歌を、謳う、ギター。- 鈴木大介の『ギターは謳う My Guitar's Story』を聴く

CD◎鈴木大介(g)『ギターは謳う My Guitar's Story』(ART INFINI, 2021)
  • 青澤隆明
    2022.02.04
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 鈴木大介が2021年にまとめた22の歌。『ギターが謳う』というこの美しいアルバムを、折にふれて聴いている。武満徹の『12の歌』を、自編を含む9篇と1曲ではさんで、鈴木大介はギターでしか歌えないうた、彼にしか、彼ひとりでしか歌えないうたを、丹念に歌い込んでいる。

 なめらかな曲線をもつ楽器を抱え込み、弦を指で押さえながら歩み継いでゆく。そのひとつひとつの和音の移り行きと、響きのやわらかな減衰のなかで、歌い継がれる音の連なりが旋律を泳いでいくさまには、やはりギターという楽器に独特の声と道行きが宿っている。ひとつひとつ確かめつつ歩んでゆく、しかもそれを手元につかみながら放ってゆく感じは、慎重さと勇気を大胆に持ち合わせた冒険家の足どりを想わせる。とくに鈴木大介のギターの、その吟味の綿密さと、いわば練り上げられた自由は、いつもぼくに勇気をくれる。いつもというのは、数えれてみればもう四半世紀にもなるわけで、こういう根づよい表現者が同時代にいることの大きさも自ずと知れようものだ。

 ひとつひとつ地道に確かめて、噛み締めるように歩くほかに、やはり道を拓く術はないのだ。いつだったか彼が、音楽でもなんでも咀嚼し、骨をよく嚙み砕くことの重要さを、たしかネアンデルタール人の化石に擬えて語ってくれたこともあった。鈴木大介の顎は頑丈で、奥歯はしっかりと強い。それだけ心がやわらかいことの反照だろう。

 そうして、彼は無数の楽譜を噛み締めるだけでなく、たくさんの編曲や自作曲をも手がけてきた。つねに探すだけでなく、厳しく探し求めていなければ、こういう音楽は物語れない。語りから歌は自ずと生じてくるし、歌は内密に語りを宿して、音楽の言葉を歌い述べる。

 武満徹の手の込んだ『ギターのための12の歌』の、ひとつひとつの和音を手繰り寄せ、じっくりと確かめながらも、切実に歌うことをまなざす心のつよさ、その生命へのやわらかな手の触れかたを、ぼくはいま鈴木大介のギターの内に外に聴きとっている。その手の内の大きな讃歌のなかには、息づまるほどの自由が脈動している。
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