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ピタゴラス音律、植物文様、ネイティヴ・アメリカンの口承詩 - 藤枝守『今日は死ぬのにもってこいの日』(青澤隆明)

ピタゴラス音律、植物文様、ネイティヴ・アメリカンの口承詩 - 藤枝守『今日は死ぬのにもってこいの日』(青澤隆明)

◎藤枝守『今日は死ぬのにもってこいの日 / 響きの交唱 植物文様ソングブック』(fontec, 2005)
  • 青澤隆明
    2021.04.30
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 くるりの新作を聴いて音律のことを考えていたら、ハリー・パーチやルー・ハリソンのさきに、藤枝守の「植物文様」のことを思い出した。それで手元にある『今日は死ぬのもってこいの日』というCDをすごく久しぶりにかけた。

 ライヴ・レコーディングならではのフラジリシティが漠然と表出されていることもあって、ちょっと眩暈にも近いというか、馴染むのに少し時間がかかったけれど、しだいに心身ともに天然にゆるんでいくような感じになって、独特の有機的な世界に溶け出していった。

 「植物文様」と銘打たれた音楽は、ピタゴラス音律にもとづき、植物の生体データを音像化するという試みで、藤枝守の重要な連作を織りなしている。そこにテクストとして加えられたのがラテン語の聖歌、そしてネイティヴ・アメリカンの口承詩にもとづく言葉だった。

 金関寿夫さんというアメリカ文学者は、高校のときからぼくにとっても大切な人だったが、さまざまな著作に触れたなかでも、『ナヴァホの砂絵』と『魔法としての言葉 ネイティヴ・アメリカンの口承詩』はいまなおつよい残響をもっている。『植物文様』の音楽に人の声で唱えるテクストとして藤枝守が新たに選び採ったのが、口承詩集で金関さんが日本語に訳されたナンシー・ウッドのアメリカ英語詩で、それが『響きの交唱』のなかに実った。

 ぼくは劇場時代に「鎌倉芸術館 詩と音楽のコンサート」というシリーズを企画制作していて、そのなかで密かに金関寿夫氏へのトリビュートの意も籠め、『今日は死ぬのにもってこいの日』というステージを藤枝守氏に委嘱し、『植物文様』の音楽を新たなシアター・ヴァージョンに構成していただいた。

 高樹沙耶による日本語訳詞の朗読を交えて、オリジナル初演者でもある野々下由香里の澄んだメゾ・ソプラノの声が英語になった口承詩を歌う。アンサンブルはピタゴラス音律にそって組織された、ポジティヴ・オルガン、ヴァイオリン、笙、箏、十七絃箏、二十絃箏という古今東西の楽器の組み合わせ。岩淵恵美子、鈴木理恵子、西陽子、丸田美紀、中川佳代子、石川高という名手がそれぞれの楽器を奏した。舞台一面にこれらの楽器が並ぶ様子からしてすでに、現場には不思議な雰囲気が生まれた。さまざまな声が響き合う場として、藤枝守の音楽は結ばれていった。

 その一度きりの舞台のクライマックスが、このCDに織り込まれている。『響きの交唱』に続く、『植物文様ソングブック』という組曲を編んだ最後に、そのときのライヴ・ステージから「今日は死ぬのにもってこいの日」は収められた。もちろん生の空気のなかで広がったその繊細な響きは、レコーディングにそのまま収められるものではないものだけれど、2003年10月11日というその遠い日が、深い水のなかに淡く揺れるように、あるいはさざめく水紋のように広がってきて、ぼくはしばし打ち震えた。
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