ひしゃげた英雄のポロネーズ -ドアーズとショパン (青澤隆明)

ひしゃげた英雄のポロネーズ -ドアーズとショパン (青澤隆明)

ドアーズのなかに現れる、ショパンの英雄ポロネーズ。CD◎The Doors “L.A.Woman”(elektra,1971)
  • 青澤隆明
    2021.09.12
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 このところ、毎晩眠る前にドアーズを一枚ずつ順に聞き直していて、今夜が6日目で、つまり『L.A.ウーマン』だった。ジム・モリソンがいるドアーズの最後のオリジナル・アルバムだ。ドアーズのアルバムは35分とかここまでどれも短めだけれど、このアルバムは50分ある。

 このアルバムの7曲目に「ヒヤシンス・ハウス」という奇妙な曲があって、不幸をにおわせる歌詞がへんに牧歌的に歌い上げられる。1970年12月から翌年1月の制作だが、ドアーズはもうライヴ活動はやめていた。本作を通じて、ドアーズの4人に、ジェリー・シェフの見事なベースがぽんぽんと弾力をもって加わっているが、それがこの曲ではレイ・マンザレクのオルガンとともに不思議と浮遊感のある明るさを出していておかしい。

 ジム・モリソンのリリックとヴォーカルはいつものように、どこかここではない場所から聞こえてくるうえに、ロックスター然としているのではなくもっと素の人間くさく、音像もぼんやりしたエコーに包まれている。 ヒヤシンスはギリシャ神話でいうアポロの若い愛人ということになるのだろう。ぼくには真新しい友人が必要なんだ--とその詩はたんたんと歌いかける。自己憐憫の感傷的な抒情にもとれるが、曲も音も声も朗らかで、まったくべっとりはしていない。

 おまけに奇妙に歪んだ感じを添えるのは、レイ・マンザレクがオルガン・ソロに素っ気なく平明にショパンの「英雄ポロネーズ」 変イ長調 op.53を練り込んでいること。なんのドラマティックな感じもなく、盛り上がりすらなく、どこ吹く風、みたいな感じで行進させていくところだ。ただ指がそっちにいった感じで織り込まれただけかもしれないけれど、メリーゴーラウンドで流れる自動演奏みたいに聞こえる。

 その陽気さが不吉な感じをにおわせるし、そもそもこの歌が聴きようによってはひどく悲しく、あるいはばかばかしいほど空々しい。なにかがおかしいまま歌い出され、なにかがおかしいままだ。「英雄ポロネーズ」もあっさり通り過ぎる。居心地がわるいままに、あっけなく曲は終わる、“In the end”の一言で明るく軽く結ばれて。よくわからない。だから、うすら怖い。まさにドアーズである。
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