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まっすぐ行く -レナード・コーエンからのベートーヴェン

まっすぐ行く -レナード・コーエンからのベートーヴェン

レナード・コーエンの遺作を聴いてから、ベートーヴェンのピアノ・ソナタをいろいろ聴いた日に、ふと思ったこと。
  • 青澤隆明
    2020.03.02
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 起きると外は雨降りで、なにげなくアルバム“Thanks For the Dance”をかけた。レナード・コーエンの死後に息子のアダムが完成させた昨年の贈りものだ。かつて“Dance me to the end of love”と詩っていた人の、もうひとつの遺作である。

 レナード・コーエンというと、クラシックスはおいて、ぼくが初めてリアルタイムの新譜として手にしたのはアルバム“The Future”で、最初に収められたタイトル・チューンをそれから数えきれないほど聴いてきた。だから、とくに聴きかえさなくても、自動的に口をついて出てくるが、この曲のコーラスはこんな歌詞ではじまる。

 “Things are going to slide in all directions / Won’t be nothing / Nothing you can measure anymore” 物事があらゆる方向にずれていく。なにもなくなるだろう、確かに測れるものはもうなにも。

 詩人は予言者である、というのは言い古されたことだし、このリリックにしても、いまさらわざわざ言わなくてもあたりまえだと感じられるかもしれない。それでも、あの声で、彼が告げるとき、それは格別な意味を帯びてくるから不思議だ。

 とはいえ、仕事をしないわけにもいかないので、午後からベートーヴェンのソナタをいろいろと聴きかえした。さほど時間もないことだし、ぼくがとくに好きな曲はハ長調ソナタop.53と、変イ長調ソナタop.110だから、そのあたりを厚めに聴くことにした。op.110はまず、アンデルシェフスキのカーネギー・ライヴ(2008)とソロ・デビュー盤(1996)をまっさきに聴いた。
 
 「ワルトシュタイン」はもっといろいろCDを出してきて、グルダ(1967全集)、バレンボイム(1981~4全集)あたりから始めたが、アシュケナージ(1959)、そして清水和音(2015)の演奏がいちばんていねいでしっくりきた。新しいところではイゴール・レヴィットの全集が抜群で、なかでもこのソナタのレコーディング(2017)はとくに冴えていると思う。

 ベートーヴェンの、とくに「ワルトシュタイン」のような曲を聴いていて改めて思うのは、まっすぐ進んでいくことの大切さだ。演奏によって、それが活きてくれば正解だし、そうでなければなにかしらの問題がある。どれだけ丹念に弾いても、曲はつねに前を向いている。どれほど優美な局面でも、そのまなざしが揺らぐことはない。
 
 振りかえってみれば、無意識の低音を這うようなレナード・コーエンの声も歌も、じっくりと揺蕩いながら、やはりまっすぐ進んでいくものだった。雪崩れていくのは、世界のヴィジョンで、それが崩れていく確信と予感のほうはまっすぐだ。

 さて、レナード・コーエンの遺された歌たちを作品にまとめたのは息子と同志であったが、ベートーヴェンの遺した作品を弾いたり聴いたりすることは、その先を生き永らえた者たちにかかっている。そんなあたりまえのことを再確認しながら、まっすぐと未来を見据えた偉大な先達の射程の確かさを思った。
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