花火 ぬ - 20世紀の花火、ピエール・ブーレーズとシカゴ交響楽団 (青澤隆明)

花火 ぬ - 20世紀の花火、ピエール・ブーレーズとシカゴ交響楽団 (青澤隆明)

季節の歌、花火。CD◎ピエール・ブーレーズ指揮 シカゴ交響楽団 『ストラヴィンスキー:「火の鳥」全曲、花火、4つのエチュード」(1992年録音/DG)
  • 青澤隆明
    2021.09.07
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 さて、ブーレーズである。アメリカの名門シカゴ交響楽団を指揮したストラヴィンスキーの「花火」は1992年のセッションで、もちろんデジタル・レコーディング。ピエール・ブーレーズが自ら創立したIRCAMの所長を退任した年の演奏だった。

 ああ、20世紀も終わりに近づいている。行くべきところまでは明確に進んできた。そういう趣がするスペクタクルである。

 そこには感傷的な色合いはなく、はっきりと明敏さがある。この顔合わせが期待させるとおりの高機能な演奏で、詳らかによく聴きとれる。可視的で可聴的な描画が見事で、しかもシカゴ交響楽団の擁するヴィルトゥオージティが、見事な統制で活用されている。

 この幻想曲に限ったことではなく、ブーレーズは終始まっすぐにみている。直視の力、目をそらさない焦点を結んだ緊張が一貫している。行き届いた直視が、ストラヴィンスキーの初期さえも合理的にまとめ上げる。

 もちろん、ドビュッシーからの感化も窺わせる近代へ向かうフランスの残照も、素晴らしく冷静に薫っている。だからやはり「運動」ではなく、「幻想曲」である。時代の臭いは、だから脂肪でなく、骨にこそしみ込んでいる……ということが、よくわかる。

 花火は、思った以上には爆裂しない。的確な打ち上げ計画に沿っている。打ち上げ事故はないし、起こりそうにもない。しかもセッション録音のつくりである。華やかに祝祭的であっても、それは20世紀後半の人間による統制感だ。鮮明な音響はもちろん立体的だが、身体的な運動感を巧みにコントロールしたデザインで、なにかがきちっと精密に絵画的にみえる。
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