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狩り、そして、秋の歌

狩り、そして、秋の歌

昨夜の満月に寄せて。チャイコフスキーの秋。CD◎ウラジーミル・アシュケナージ「チャイコフスキー:《四季》他 」(Decca/Universal Music) 
  • 青澤隆明
    2021.10.22
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 こんな一年にも、また秋がめぐってきた。いきなりの寒さは12月並みだという。

 昨夜は満月、Hunter’s Moon。眺めているだけで、月と自分の間にある遥かな距離が、透明に澄んでいくような気がした。

 いつも、どんなときも、月が満ちたり欠けたりして、晴れでも雲のなかでも雨の上でも、かならずそこにあることがわかっているのは大切だ。それがあれだけくっきりと、冴え冴えとした顔であらわれると、こちらが寝惚けた顔をして、だらしなく生きているのが恥ずかしくなってきそうなものだが、そのまえにすっきりと背筋を伸ばしていた。夜はけっこう冷えてきていて、そうそう長く外にはいられなかったけれど、そんなことをちゃんとまた確認できたのはよかった。

 Hunter’s Moonといえば「狩猟月」で、もともとはネイティヴ・アメリカンがそう呼んでいたのが由来らしく、冬に向けての狩りの季節をさしている。狩りなんて実はしたこともないぼくには、そう言われても物語のなかの情景だが、それでも月が明るく、長い時間照らすなかで、生きる営みはいろいろに重なってきたのだろうと思いを馳せる。

 チャイコフスキーの『四季』のことは、ここにも折に触れて記してきた。ロシアの歳時記ではいかにも寒い国らしく「狩り」は9月において、チャイコフスキーは10月には「秋の歌」を描いている。ラドゥ・ルプーの思い出や、ウラジーミル・トロップの最近のレコーディングのことはまえに書いたが、今夜改めて聴いたのはウラジーミル・アシュケナージの懐かしいチャイコフスキー・アルバム。

 1988年9月のアテネか、12月のベルリンでのレコーディングで、『四季』の12曲が先に録音されて、他のさまざまな5つの小品が後で収録されたのか、それは明記されていないのでわからないけれど、いずれにしても秋から冬にかけての出来事である。真夏に録っていたら、それはそれで驚くけれど、やはり全曲の重心は、少なくともぼくの心のなかでは、冬そして秋にある。

 アシュケナージのピアノの音で、存分の愛情をもって、けれどまったくもったいつけずに、丹念に描き出される音楽は、やはりきらきらした結晶のような贈り物だ。ぼくにはそれが、昨夜の月をみていた気持ちと重なって、いまもなお高く澄んでいる。
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