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新世界はここにあり。- 井上道義と日本フィルの「新世界より」

新世界はここにあり。- 井上道義と日本フィルの「新世界より」

日本フィルハーモニー交響楽団 特別演奏会 指揮:井上道義 ドヴォルジャーク:交響曲第9番 ホ短調 op.95 《新世界より》(2020年7月30日、サントリーホール)
  • 青澤隆明
    2020.09.13
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 井上道義と日本フィルの特別演奏会は、当初予定のコンサートを二つに分割したかたちで再編成された模様。7月30日の夜は、ドヴォルジャークの交響曲第9番「新世界より」の一本勝負。よくわからない夏の終わりに、くっきりと胸に迫る音楽がそこにはあった。

 サントリーホールの舞台上も客席もウィルス対策は様々に措置されているし、客席に落ち着いても半覆面下の浅い呼吸ではあるけれど、井上道義の「新世界」は熱さも緊迫感もおそらく変わらない。むしろ、社会的な距離や疎外に対して、少年時代からずっと信じてきたものを全身で焚きつけるように、オーケストラを鼓舞し、客席に力強く訴え続けていく。

 この名曲がやってきた場所を、その心のありかを、大勢の目の前に体現するように、指揮者は舞い、踊り、叫び、歌う。オーケストラの響きは必定気魄を帯びて、冒頭楽章から劇的に、たちまち聴き手を鷲掴みにする。表情豊かな身振りは、その場の思いつきではなく、局面の地形にそって具体化されたものだ。曲のもつ多様さも演奏の難しさも、確信に漲る指揮ですべて道連れにするように、井上道義は終始高い体温で、広大で強力な交響曲の地平を疾駆していった。

 走り出したら止まらないのが音楽である。後半に進むにつれ、勢いと熱気に押されるなか、荒れがちになる部分も出てきたが、とにかく全力の演奏を貫き、大オーケストラ音楽の魅力を放った。つまりは、むかしながらの憧れの交響曲の世界が、まざまざと立ち現れていた。

 いまこそストレートにそれを示すことが、オーケストラ指揮者の本懐である、という意志が言葉ではなく、音楽する情熱の塊として、堂々と鮮やかに伝わってきた。余計なことは書きたくない。ただ拍手だ。背中をみせても、ふだんは客席を向いても雄弁な井上道義は、この日はきっちり寡黙を保ち、演奏だけに熱弁を託した。文句あるか、という啖呵ですらない。それは誰にも見誤りようもない強さだった。
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