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新春のシューマン -リパッティとカラヤンのコンチェルト

新春のシューマン -リパッティとカラヤンのコンチェルト

新春、賀正、の心持ち。◎シューマン:ピアノ協奏曲 イ短調 op.54 ディヌ・リパッティ(pf)、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 フィルハーモニア管弦楽団
  • 青澤隆明
    2021.01.02
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 謹賀新年。元日である。朝起きて、そのまま少し本を読んで、さて、なにを聴こうか。と悩むまでもなく、この日のために洗っておいたレコードを手にとった。英国コロムビアの10インチLPで、ディヌ・リパッティとヘルベルト・フォン・カラヤンが共演したシューマンの協奏曲である。オーケストラはフィルハーモニア管弦楽団。
 
 1948年4月にロンドンのアビー・ロード第1スタジオで録音されたレコードで、リパッティは昨2020年12月が没後50周年だったから、亡くなる2年8か月前の録音ということになる。33歳での夭折ということと、レコードの回転数が33と1/3であることはほとんどこじつけにしかならないが、本盤はリパッティがまだ31歳になったばかりのレコーディングだ。カラヤンはと言えば、直前にちょうど40歳を迎えた時分である。

 新しい年の聴き初めにぴったりだったし、こうしてふたりがレコーディングを遺してくれたことはやはり幸せと呼ぶほかない。聴き返すたびに、ぼくは何度でもそう思う。イン・テンポで清らかに進むなかに、絶妙の息づかいと揺らめきがある。シューマンというと、とかくだらしなく伸び縮みして酷いことになる破目にもたびたび出くわすが、自己耽溺や感傷から遠く離れて、清新に生きるのがこのレコードの演奏の美しさだ。リパッティが節度と統制を存分に保っているのに加えて、カラヤンが妙なる支えで、音楽の歩むべき方向をしっかりと示したことは絶大だろう。さりげなく多くのことを叶えながら、なおも清々しい立ち姿である。溺れずに泳ぎきるうちに、気がつくと心がいたく打たれている。

 シューマンが作曲当時30代半ば、リパッティとカラヤンがそれを真ん中にはさむような年代感であることも、作品の瑞々しい抒情と覇気に相応しかったように思う。もちろん時代も一世紀ほど違うわけだし、年輪というのは個々人で異なる。そのうえシューマンほどの作曲家を演奏家と並べるなどとんでもないことだ、とふだんならぼくだって思ったりもするけれど、それがリパッティとカラヤンならばそれほど遠慮することもないという気さえしてくる。

 ここで調子に乗って自分の話を持ち出すと途端に話が堕落するが、それでもみんな、ぼくの物理的な年齢よりずいぶんと若い。若々しさは魂の問題と精神のありようだとはいえ、こうして彼らの音楽に脈打つ、青春とも成熟とも言いきれない清新さに触れて、いつのまに涙ぐんでいるぼくもまだ老人ではないということなのだろう。あらためて、新春、賀正、と念じて居住まいを正すのに近い心持ちがする。
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