光について-ふたつの夜の物語(Ⅱ)/ 新国立劇場の『夜鳴きうぐいす』と『イオランタ』

光について-ふたつの夜の物語(Ⅱ)/ 新国立劇場の『夜鳴きうぐいす』と『イオランタ』

ストラヴィンスキーとチャイコフスキー。前項のつづき ◇新国立劇場オペラ『夜鳴きうぐいす/イオランタ』(2021年4月6日14時開演、新国立劇場 オペラパレス)
  • 青澤隆明
    2021.04.10
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 ストラヴィンスキーの『夜鳴きうぐいす』とチャイコフスキーの『イオランタ』の二本立ての新制作上演は、新国立劇場芸術総監督を務める大野和士の構想ときくが、まさしく慧眼といってよい。というのも、ストーリーもこの春に沁みるものだけれど、それにも増して、ロシアの先達と高進ふたりの偉才の書いた音楽の素晴らしさがそれぞれに際立った。

 『夜鳴きうぐいす』は1908年に第1幕が作曲された後、『春の祭典』をまたぎ、したがって前幕と様式も異なる第2幕と第3幕が14年までに書き足された。『イオランタ』は、チャイコフスキー自身が原作戯曲の露訳に惹かれ、作曲家の弟モデストがリブレットを書いた。1891年から作曲され、翌年にバレエ『くるみ割り人形』と合わせて初演された。そういう時代差だが、ここで先に演じられるのは20世紀初頭の作品、というのがまた効果を上げた。なんというか、ロマンの帰郷という感じがしてくる。

 中国の皇帝の前で夜鳴きうぐいすが披露する歌は、同じ年代に書かれたドビュッシーの「シランクス」と、とてもよく似通った音楽に聞こえる。そして、チャイコフスキーの最後のオペラは随所に同工の交響曲第5番に通じる引き締まった律動を伝えている。

 指揮者も歌手の大半も代役による上演で、演出もリモートで行われたということだが、まさしくこの機にみられてよかったと思える舞台を実現していた。高関健の指揮はきっちりと音楽の造型を導き、東京フィルハーモニー交響楽団も機能的な巧みさを発揮して、引き締まった姿に、異なる様式を通じて音楽と表現の熱量を宿していった。歌手には急場ゆえかばらつきもあったが、それぞれのタイトルロール、夜鳴きうぐいす役の三宅理恵が輝きを放ち、イオランタ役の大隅智佳子がプリ・マドンナとしての立ち姿を堂々と示した。両作に連続登板のヴィタリ・ユシュマノフ(侍従/ムーア人名医)、山下牧子(死神/マルタ)が適確に舞台を引き締めていた。

 演出のヤニス・コッコスは美術と衣装も手がけて、視覚面でもトータルなコーディネイトをはかった。ストラヴィンスキーばりのカラフルなステージングのなかでは、「小さな灰色の鳥」も見た目それほど地味な出で立ちはとらない。「灰色」の世界は逆に、高貴な地位をまだ知らずにいる「イオランタ」の夜に視覚的にも持ち越される。高貴と純粋は、ふたつのタイトルロールの芯に抱かれたものだ。

 ヤニス・コッコスのダブルビルの演出は、言ってみれば、ストラヴィンスキーでは外見的な誇張を賑やかに、チャイコフスキーでは内省的な余白を瞑想的に、対照性をつよく打ち出しつつ、両作を重ねることで、病魔や闇夜に打ち克つ信の物語をくっきりと告げることに成功していたのではないかと思う。オペラは大きな色彩のキャンバスとなるが、そこに浮かび上がってくるのは病や闇からの治癒を求める心の情景でもある。その光の筋が巧みに描き出されていた。

 「おはよう」 
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