物語を運ぶ船 - 服部隆之コンサートのこと

物語を運ぶ船 - 服部隆之コンサートのこと

ふだんぼくがあまり出かけないタイプのコンサートだし、テレビドラマはあまりみないのだけれど、服部隆之の音楽に興味があって、オーケストラで演奏する個展を聴きにいった。詳しいことは知らないので的外れかもしれないが、そこで思ったことを書いてみる。服部隆之指揮 東京フィルハーモニー交響楽団、ヴァイオリン独奏:服部百音、テノール:西村 悟。(2020年2月24日、Bunkamuraオーチャードホール)
  • 青澤隆明
    2020.02.26
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 「服部隆之コンサート」を聴きにいった。服部隆之自身が、東京フィルハーモニー交響楽団を指揮した。映像はなしで、音楽でみせるコンサート。こういうかたちでのフル・オーケストラでの個展は、今回が初めての試みだという。
 
 ぼくはあまりTVドラマを見ていないけれど、それでも『王様のレストラン』は傑作だと思うし、『HERO』の音楽がどれだけ気分を上げるかも知ってる。それくらい、服部隆之サウンドが、ドラマの情調を決定づけているということなのだろう。

 今回プログラムに組まれたなかで正直に言うと、あとは『下町ロケット』と『ノーサイド・ゲーム』をちょっとみたくらいだから、とてもいい聴き手とは言えない。前半は、そんなぼくでも馴染みの『王様~』組曲ではじまった。続いて、『半沢直樹』、『ルーズヴェルト・ゲーム』、『陸王』、『下町ロケット』、『ノーサイド・ゲーム』のメイン曲が並ぶベスト盤的構成。
 
 どの曲もくっきりと鮮やかで、わかりやすく、「はじまり」や「つづく」の期待を前へ前へと推し進める力がある。色彩も構成も筆圧も、同工の手練れを感じさせる明快なつくりで、テレビドラマの劇伴という枠のなかで、しっかりと主張をもつ曲を鮮やかに打ち出していることがわかる。

 後半は、「日本列島 いきものたちの物語」のメインテーマ、『新選組!』と『真田丸』をそれぞれ組曲で。さらに、祖父の服部良一作の「蘇州夜曲」に続いて、『HERO』組曲で締めるプログラム。テノールの西村悟や、愛娘の服部百音がソロで加わり、メインテーマでの押しとは違う広がりもみせるが、やはり職人的に音楽のつくりや料理の盛りつけは一貫している。

 『王様のレストラン』や『HERO』を聴いていると、やはりドラマのシーンというか俳優の表情が思い出されてきそうになるけど、でもこれらの音楽はひとつのシーンだけで使われたわけではなく、ときどきのクライマックスをつくってきた曲たちだから、その表情はときに決定的なものはあるにしても、やはりひとつきりには定まらない。そうして、映像がないだけにむしろ、ドラマの数々のシーンのなかで服部隆之の音楽が、登場人物(たち)の表情や感情を、もっと大きく普遍的なものに昇華していたのだということがよくわかる。物語を運ぶ船のように、しかもしっかりとみる者の気持ちをとらえ、着実に前へと押していく。それはよくできた、頑丈な船である。おそらく、これらのドラマの人物が強くもつ信念や矜持といったものに、個人的な事情を超えて、広く訴えかける翼を与えている。

 船と言ったり、翼と言ったりして少々節操がないが、もともとドラマの主題が個々の動機のように登場人物に配役され、それを俳優が身体化し内面化したものを、さらにもういちど大きな感情や思念のほうへと高める役割を、ドラマの音楽が担っているようにみえる。くっきりと鮮やかなオーケストレーションで色づけられることで、個人の心情から湧き出た思いが、アンサンブルやオーケストラの広がりをもって大きく満潮していくように。個々の俳優によって演じられた心情だけではなく、視聴者の感情を乗せた船として力強く進み出す。

 だからある意味、その音楽はとても古典的ともいえる簡明なつくりに、いろいろな彩色を施したものとなってくる。その確かさが、しっかりと大きく物語を運ぶのだ。メインテーマがどれも一見隙間なく厚塗りにもみえるのは、テレビ的表現の要求も大きいだろうし、くり返しに耐える一種の中毒性をもっていることが肝要となるからか。そして、それは音楽が物語の柱と共振しつつ、収まるべきところに収められている場合にのみ可能なことではないかと思える。テレビドラマ制作の現場的な制約や進行について知らずに言うのはちょっと憚られるが、もともと音楽として自律していなければ、このような対話的な広がりはきっと生まれないはずである。

 そこには作曲家の確実な手つきが鮮明に感じられる。揺れ動く物語を煽りながらも、確かな安定感を与えるのはテレビドラマをどっしりと支える服部隆之の音楽の質量であったということが、こうして映像なしにコンサートで聴くと改めてはっきりと感じられる思いがした。その音楽こそは、視聴者個々人の好き嫌いを超えた大きな心へと、ドラマを悠々と運んで行く推進力であったのだろう。
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