シューマンの幻影に -アンデルシェフスキが弾く「幽霊変奏曲」

シューマンの幻影に -アンデルシェフスキが弾く「幽霊変奏曲」

CD◎ ピオトル・アンデルシェフスキ(p) モーツァルト-シューマン「ファンタジー」(warner, WPCS-13665)
  • 青澤隆明
    2020.06.11
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 さて、『暁の歌』のあとには、なにが残されているか。
 もうひとつ、主題と変奏がある。シューマンがライン河への投身をはさんで書き上げた生涯最後のオリジナル曲は、自作の主題にもとづいたものだ。
 
 Geistervariationen――つまり幽霊変奏曲とも、精霊の主題による変奏曲とも、天使の主題による変奏曲とも呼ばれるが、いずれにしてもそれは異界からもたらされた響きを強くイメージさせる。
 
 シューベルトとメンデルスゾーンの亡霊があらわれて歌った、と幻聴も激しいシューマンが言ったその主題は、前の秋のヴァイオリン協奏曲の第2楽章で用いた旋律で、もともとは1849年の自作歌曲「春の到来」まで遡ることができるものだった。『暁の歌』の第5曲にも、音型は違うが似通った楽想はみられる。
 
 シューマンの苦悩の夜をよぎった悲しい話だが、それ以上に、この世ならざる美しさを湛えた音楽である。透明に澄んで、やわらかく、フラジャイルで、ひどく人間的だ。
 
 ピオトル・アンデルシェフスキのアルバム『ファンタジー』の掉尾に漕ぎ出されたこの変奏曲に、その不均衡や不安定も含めて、ぼくは至純の輝きをみる。ピアニストの共感がきわめて純化したかたちで、その揺れ移ろう光に寄り添っていることは言うまでもない。表題曲のファンタジー以上に心に迫る、ほんとうに感動的な演奏だと思う。
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