木と土と風のバッハ - マリオ・ブルネロが弾くソナタとパルティータ

木と土と風のバッハ - マリオ・ブルネロが弾くソナタとパルティータ

無伴奏ヴァイオリンのソナタとパルティータを、ブルネロのチェロ・ピッコロで聴く。CD◎ Mario Brunello (violoncello picollo) “J.S. Bach : Sonatas & Partitas BWV 1001-1006” (Arcana, 2019)
  • 青澤隆明
    2021.02.24
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 ジュリアーノ・カルミニョーラのバッハについて先に書いたあと、自然と手にしていたのはマリオ・ブルネロの無伴奏アルバムだった。といっても、いつものチェロ組曲ではなくて、ふつうヴァイオリンで弾かれるソナタとパルティータのほうで、これをチェロ・ピッコロで独自に息づかせている。ブルネロが近年情熱を注ぐ取り組みのひとつで、17世紀から18世紀半ばまで用いられた小型チェロに光を当て、17世紀初頭のアマティをモデルとした4弦のレプリカを弾く。2018年10月、奏者の生地ヴェネト州カステルフランコでのレコーディングだ。

 オクターヴを下げつつ、もともとの音符を忠実に捉える試みだが、生来のチェリストとしてのパースペクティヴとして、低弦つまりバス声部から全体の構築を捉えるブルネロの視座は、バッハのポリフォニックな豊かさに独自の実体と奥行きを与えている。高音域の輝きにも独特の滋味があるし、中低音域の温かみは表現に柔和さも導きつつ、柔らかな光と陰翳を醸し出す。ブルネロは本作でソナタとパルティータの6曲を番号順に交互に弾き交わしていくが、ソナタはフーガ楽章をはじめとしてより低声部からしっかりと組み上げられるし、パルティータの舞曲楽章は体格が大きくなった分だけ、精霊よりももっと人のかたちに近い身振りをゆったりと感じさせる。

 ヴィルトゥオージティという面から言えば、楽器の体躯が大きい分だけ小回りはききづらいと想像されるが、ブルネロの勇壮な技巧はそれもがっしりと手の内に捉え、素朴な響きで先を拓くように前へ躍進して行く。なんというか、木彫りの質感が自然な風格を湛えていて、チェロがときに岩盤を鋭く掘り刻むとすれば、こちらのチェロ・ピッコロは柔らかな土から汲み上げるような声色を保つ。この独特の風合い、光と影の行き交いが、マリオ・ブルネロの、チェロ・ピッコロの、バッハのソロの響き合いを、とても自然なかたちで実らせている。木と土と風のバッハ--と称えたくなる。
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