いつもとは違う楽しみもある、非常時の祝祭にこそ -下野竜也と読響のフェスタな実験

いつもとは違う楽しみもある、非常時の祝祭にこそ -下野竜也と読響のフェスタな実験

《フェスタサマーミューザ KAWASAKI 2020》 読売日本交響楽団 指揮:下野竜也 ピアノ:反田恭平・務川慧悟、モーツァルト:交響曲第32番ト長調K.318、プーランク:2台のピアノのための協奏曲、サン=サーンス:動物の謝肉祭 、モーツァルト:交響曲第31番ニ長調K.297「パリ」(2020年7月29日、ミューザ川崎シンフォニーホール)
  • 青澤隆明
    2020.09.12
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 下野竜也が指揮する読響を聴くのは、ひさしぶりの顔合わせとなった1月定期以来。そのときのことは、この「音楽日記」にも書いた。《フェスタサマーミューザ KAWASAKI 2020》では、「パリ」をテーマに、モーツァルトと20世紀フランス、サン・サーンスとプーランクを繋ぐプログラムを発想豊かに、楽しく聴かせていった。パリの色彩感もそうだし、明快な感性という点で鮮やかに結びつくプログラムで、それぞれに仕かけも多彩だ。

 さて、コンサートは、モーツァルトのト長調交響曲K.318の明朗な響きで、きりっと幕開けしたが、そのあとプーランクの「2台のピアノのための協奏曲」、結びのモーツァルトのニ長調交響曲K.297でも、弦楽器を舞台下手、管楽器を上手に固めるという左右非対称の配置が同様に試みられた。グループがそれぞれに自律している反面、おそらくは空間的な距離も開いていることも加わり、それだけに別々にも響くわけだ。

 そうして響きの分離が明瞭になるぶん、弦と管のグループごとの合奏の自律や、それぞれの楽器の独立性が高められるようにも聞こえてくる。モーツァルトの管楽器書法が際立つとともに、とくにこのト長調交響曲ではディヴェルティメント風の祝祭感を増した感があった。下野のタイトな指揮によって、下手にまとめられた弦の響きも、快活でソリッドに響いた。8-6-4-4-3の編成で、コンサートマスターは日下紗矢子。

 続く、プーランクの協奏曲も目まぐるしい変化のなか、一種ドライな明快さをもって進んでいく。ピアニストには、それこそパリで学ぶ務川慧悟と、彼のデュオ・パートナーでもある反田恭平を迎えた。プーランクでは反田が、演奏会後半の『動物の謝肉祭』では務川が第1ピアノを担いつつ、異なる個性を対照的に聴かせた。プーランクでも、反田のはっきりした強弱の打ち出しに対し、務川が端正ななかでフランスふうの色づけを試みるというふうに、それぞれの音質とアプローチの違いが平明に表れていた。アンコールには、グリーグが2台で色づけたモーツァルトのハ長調ソナタK.545 の第1楽章を弾いた。気が利いている。

 演奏会後半、15人の合奏によるサン・サーンスの『動物の謝肉祭』では、指揮の下野竜也のお話も交え、さまざまなユーモアを交わす祝祭が、くつろいだ雰囲気のなかでくり広げられた。

 結びのモーツァルト、パリで書かれたニ長調交響曲K.297では、冒頭曲よりも、もっとアンサンブルも響きも柔らかさを増し、協奏交響曲ふうに管楽器の華やかさも立ってくる。

 ふだんとは異なる環境だから、いつものコンサートと同じようにはいかない。当然のことだし、それを模しても限界はある。ならば、こういうときこそいっそ違った響きを試してみよう、ということなのか、たまたまアイディアと時期が重なったのか。いずれにしても、モーツァルトの交響曲に改めて取り組むからこそ実現した試みで、しかも小編成で臨むなかでの選択であったには違いない。

 機会を捉えて、実験をくり出す姿勢は愉快で、それだけ興味を掻き立てる。下野竜也と読響の信頼と刺激に充ちた関係だからこそ、ふだんとは違うコンサート、祝祭的なプログラムのなかにあって、こういう意欲的な試みが可能だったのだろう。どんなときも、だからこそできることは、いつだってあるということだ。一朝一夕ではないところがまた頼もしい。
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