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カペルの荘厳 - ウィリアム・カペルのピアニズム 

カペルの荘厳 - ウィリアム・カペルのピアニズム 

CD◎ William Kapell : Complete Recordings 1944-1953 (RCA)
  • 青澤隆明
    2020.03.20
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 なにか圧倒的なものに触れたいとき、ぼくはたとえばウィリアム・カペルを聴く。

 ウィリアム・カペルのピアノは、峻厳というのに近い響きかたをして、畏怖に近い思いを呼び醒ます。強靱な心身というのか、ちょっと次元が違うものに直面した感じを、ぼくはいつも受ける。どこかしら宇宙人めいた気もするほど、カペルの演奏は厳然とした超人ぶりで徹底している。ピアノが弾けるとは、こういうことを言うのか、と改めて思う。

 久しぶりにカペルのレコーディングを聴いて、ベートーヴェンのコンチェルトの第2番、とくにカデンツァのところで、剛直というのか、どこか金剛という言葉にも近い感慨にとらわれた。巨大な存在を仰ぎみる思いがする。それから、シューベルト、シューマン、ブラームス、リストが続いたが、どれも変わらない精神の定位が強靱に保たれている。技術的な鉄壁さも一貫したものだ。ショパンでも、ラフマニノフでも、ムソルグスキーでも、どっしりした構えは不動である。

 大きな手を感じさせる堂々たる音で、ピアニストは冷静さと余裕をもって、ある意味、冷徹に音を打ち据えていく。なのに、音楽は激しく熱い。強いドラマや激情を見据えながら、カペルは決して揺るがない。聴いていて、好き嫌いとか、そういう個人的な思いが入ってくる余地はないだろう。それくらい有無を言わせぬ存在感なのである。

 ウィリアム・カペルは、1922年にニューヨークで生まれた。31歳のとき飛行機事故で夭折したので、現世では1953年までのわずかなキャリアしかなかった。残された録音はさすがに時代を感じさせるものだが、それでもそのピアノの凄みは、まざまざと伝わってくる。

 こうした古い録音ではなく、ウィリアム・カペルのピアノの音を直接聴くことができたなら、いったいどのような思いがするのか。まさに絶景だろう。そのさまを写真や映像で観るときよりは、レコーディングは音だからぐっと直接性が働くだろうが、想像するだけで身震いがしそうだ。
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